触れる指先 偽りの恋
「武井さんが好き」
「私も、貴島さんが好きです」

 思わずそう告げていた。ぎゅっと抱きしめる腕に力が籠る。
 見上げた貴島さんの顔が赤く染まっていく。

「ごめん。学生じゃないんだから、こんなところで言うつもりじゃなかったんだけど」
 
 でも、武井さんの顔見たら我慢できなかった、と言うから、思わず笑ってしまった。

「ふふ」
「それに、またすれ違うのも嫌だし」
「はい」

 頷いて、貴島さんの胸に顔を埋めた。
 喜びがじんわりと湧き上がってきて、顔が熱い。
 同時に恥ずかしさが込み上げてきて、貴島さんの顔を真正面から見られなかった。
 しばらく、お互い無言でそうしていると、電車が到着するというアナウンスが流れた。いつまでも抱き合っているわけにいかず、顔を上げる。
 すると、手を差し出された。
 おずおずとその手を掴むと、指を絡めるように握られた。
 
「もう遅いから」と言って、貴島さんは自分の家のある駅では降りず、私の最寄駅まで一緒に来てくれた。

「ごめんなさい。こんなに遅くなってしまって」
「謝らないで。仕事、大丈夫だった?」
「はい、何とか……」
「そっか。それなら良かった」
「でも……」

 もう二十二時近い。やっと出張から帰ってきた貴島さんが、ゆっくり休めたかもしれないのに。

「俺、そういうところが好きだから。武井さんの」
「え……?」
「他人にも、仕事にも、妥協しないところ。人のために一生懸命になれるところ。そういうところが、ずっといいなって思ってた」
 
 真っ直ぐに見つめられて、全身が熱くなっていく。
 ストレートな言葉に、胸が震えた。
 私がいつも、自分自身の短所だと思っているところを、こんなに真っ直ぐ肯定してもらえるなんて、思ってもみなかった。

「ありがとう、ございます……」

 消え入りそうな声で言って、貴島さんの手を引く。
 家はこっちです、と言って、これまでさんざん散策した出口とは逆方向に歩き出す。
 住宅街の連なるこちら側には商店街もなく、あるのはコンビニくらい。とても静かだ。

「話したいことがたくさんあるんだけど」と前置きしてから貴島さんが口を開いた。
「私も、聞きたいことがありました」

 そう言うと貴島さんが足を止めた。繋いだ手が離れていく。
 ふわふわして嬉しい気持ちでいっぱいだけど、どうしても気になっていることはある。
 
「貴島さんは、相原さんとまた付き合い始めたのかなって」

 さすがに今そうは思っていないけれど。
 でも相原さんと再会して、不安に駆られたのは事実だ。
 
「まさか。でも相原さんが、武井さんに会いに行ったなんて知らなくて……。ごめん」
「いえ」
「彼女と、昔付き合っていたのは本当なんだ。でも、もう完全に過去のことで……。自分の中では終わっていたから言わなかった。ごめん」
「……はい。でも、」
「ん?」
「ちゃんと、貴島さんの口から教えてほしかったかも、しれないです。私は、そんな立場じゃなかったかもしれないんですけど」
 
 思い切ってそう言うと、伏せた顔を真正面から覗き込まれる。
 
「ごめん。武井さんは俺のために、ふりをしてくれてるだけなのに、そんなこと説明されたら重いかなって思ってた」

 まるで同じようなことを、反対の立場で悩んでいたのだと知る。
 早く聞けば良かったし、言えば良かったのだ。お互いに。
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