触れる指先 偽りの恋
「相原さんと付き合ってたのは、いつ頃なんですか?」
「十年くらい前に付き合い始めて……五年くらい付き合ってた」
五年。
別れてからも同じくらい経っているとはいえ、予想以上の長さに、途方も無い重みを感じた。
「貴島さんが誰とも付き合ってなかったのは、相原さんのことを忘れられなかったからなのかなって思っちゃって」
「全然。仕事の方が大事だと思ってただけ。実際、相原さんと分かれたのもそれが原因みたいなものだし」
「そうなんですか」
「うん。俺も未熟だったんだけど。でも、別に恋愛しようと思ってなかったとかじゃなくて、仕事より好きなひとができなかった。武井さんに会うまで」
貴島さんが私の手を取った。じんわりと、胸に安堵感が広がっていく。手を引かれて、再びゆっくりと歩き出した。
お互いにいい大人なのだから、過去に付き合っていた人くらいいる。わかっているのに、昔のことまで気になって仕方ないのは、それだけ貴島さんが好きだからだ。
「あとね、楢崎が辞めたよ」
「え?」
「あの後、他の社員にもストーカーまがいの行動をしていたことがわかって。事実上の解雇、かな」
「そうだったんですね……。楢崎さんも、貴島さんのことがすごく好きなんだろうなって思ってたから」
「そんなことないよ。表面上の俺しか知らないし」
貴島さんが絡めた手を持ち上げて、ちゅっと甲に口付ける。
その行動にどぎまぎしているうちに、アパートの前についた。
「あの、家ここです」
「そっか。じゃあ遅くなっちゃったから早く休んで」
「上がって、いきますか?」
そう言うと、貴島さんの目が大きく見開かれた。こんなふうに驚く顔は、初めて見たかもしれない。
「お茶くらいしか、出せませんけど」
「いいの?」
「はい」
「どうぞ」と貴島さんを招き入れる。
普段は狭いと思ったことのなかった玄関が、異様に狭く感じた。貴島さんの背が高いからだろうか。
「すみません、狭いんですけど」
以前一度だけお邪魔した貴島さんの家と比べると、申し訳なくなるくらいだ。それでも短い廊下を抜けて、ソファに座ってもらった。
「お茶淹れますね」と言ってキッチンへ向かおうとしたところ、手を取られた。二人掛けの、決して広くはないソファの隣に座らされる。いつもより体が深く沈むのを実感した。自分の部屋なのに、緊張してカラカラと喉が乾く。
貴島さんの腕が身体にまわる。そのまま力強く抱きしめられた。
耳元で、「好き」と貴島さんが囁く。
「あの、お茶を……」
立ちあがろうとすると、巻きついた腕に引き留められる。
耳が熱い。顔も。
俯いたとたん、顎を掬うように持ち上げられて、そのまま唇が重なった。
貴島さんの唇も熱い。終わりかと思うたびにまた押し当てられる唇に、息が苦しくなって、とんとんと広い背中を叩く。
「は……んっ」
自分のものとは思えない、鼻にかかった声が抜けていく。
何度も何度もキスを繰り返したあと、やっと解放されて、そのままへたりと貴島さんの胸に倒れ込んだ。
「今日は、これ以上は我慢するから」
貴島さんがぎゅっと目を閉じて、何かに耐えるようにそう言う。掠れた声に、胸がぎゅっと締め付けられるように疼いた。
衝動が押しあがってきて、今度は自分から唇を重ねた。
一瞬、貴島さんの身体に力が入る。けれどすぐに再び抱きしめられた。
どちらからともなく唇が離れる。貴島さんの眉間には深い皺が刻まれていた。
「せっかく我慢したのに」
と言って膨れる表情が、まるで少年のようで思わず吹き出してしまった。
「十年くらい前に付き合い始めて……五年くらい付き合ってた」
五年。
別れてからも同じくらい経っているとはいえ、予想以上の長さに、途方も無い重みを感じた。
「貴島さんが誰とも付き合ってなかったのは、相原さんのことを忘れられなかったからなのかなって思っちゃって」
「全然。仕事の方が大事だと思ってただけ。実際、相原さんと分かれたのもそれが原因みたいなものだし」
「そうなんですか」
「うん。俺も未熟だったんだけど。でも、別に恋愛しようと思ってなかったとかじゃなくて、仕事より好きなひとができなかった。武井さんに会うまで」
貴島さんが私の手を取った。じんわりと、胸に安堵感が広がっていく。手を引かれて、再びゆっくりと歩き出した。
お互いにいい大人なのだから、過去に付き合っていた人くらいいる。わかっているのに、昔のことまで気になって仕方ないのは、それだけ貴島さんが好きだからだ。
「あとね、楢崎が辞めたよ」
「え?」
「あの後、他の社員にもストーカーまがいの行動をしていたことがわかって。事実上の解雇、かな」
「そうだったんですね……。楢崎さんも、貴島さんのことがすごく好きなんだろうなって思ってたから」
「そんなことないよ。表面上の俺しか知らないし」
貴島さんが絡めた手を持ち上げて、ちゅっと甲に口付ける。
その行動にどぎまぎしているうちに、アパートの前についた。
「あの、家ここです」
「そっか。じゃあ遅くなっちゃったから早く休んで」
「上がって、いきますか?」
そう言うと、貴島さんの目が大きく見開かれた。こんなふうに驚く顔は、初めて見たかもしれない。
「お茶くらいしか、出せませんけど」
「いいの?」
「はい」
「どうぞ」と貴島さんを招き入れる。
普段は狭いと思ったことのなかった玄関が、異様に狭く感じた。貴島さんの背が高いからだろうか。
「すみません、狭いんですけど」
以前一度だけお邪魔した貴島さんの家と比べると、申し訳なくなるくらいだ。それでも短い廊下を抜けて、ソファに座ってもらった。
「お茶淹れますね」と言ってキッチンへ向かおうとしたところ、手を取られた。二人掛けの、決して広くはないソファの隣に座らされる。いつもより体が深く沈むのを実感した。自分の部屋なのに、緊張してカラカラと喉が乾く。
貴島さんの腕が身体にまわる。そのまま力強く抱きしめられた。
耳元で、「好き」と貴島さんが囁く。
「あの、お茶を……」
立ちあがろうとすると、巻きついた腕に引き留められる。
耳が熱い。顔も。
俯いたとたん、顎を掬うように持ち上げられて、そのまま唇が重なった。
貴島さんの唇も熱い。終わりかと思うたびにまた押し当てられる唇に、息が苦しくなって、とんとんと広い背中を叩く。
「は……んっ」
自分のものとは思えない、鼻にかかった声が抜けていく。
何度も何度もキスを繰り返したあと、やっと解放されて、そのままへたりと貴島さんの胸に倒れ込んだ。
「今日は、これ以上は我慢するから」
貴島さんがぎゅっと目を閉じて、何かに耐えるようにそう言う。掠れた声に、胸がぎゅっと締め付けられるように疼いた。
衝動が押しあがってきて、今度は自分から唇を重ねた。
一瞬、貴島さんの身体に力が入る。けれどすぐに再び抱きしめられた。
どちらからともなく唇が離れる。貴島さんの眉間には深い皺が刻まれていた。
「せっかく我慢したのに」
と言って膨れる表情が、まるで少年のようで思わず吹き出してしまった。