触れる指先 偽りの恋
 ぐいっと体を持ち上げられ、気がつくと力強い腕に横抱きにされていた。
 思わず首元に縋るように手をまわす。貴島さんは廊下を進んだ先のドアを乱雑に開けた。ベッドが目に飛び込んでくる。
 そこに、柔らかく下ろされた。体勢を整える間もなく、覆い被さるように貴島さんが抱きしめてきて、そのまま口付けられる。唇だけじゃなくて、瞼も頬も耳も。そして内腿にも唇が這う。
 じっと貴島さんを見つめると、再びちゅっと唇が重ねられ、うっとりと目を閉じた。
 
 やがてベルトを外す音が聞こえてくる。
 どきどきと心臓が早鐘を打ち始めた。

「やめておく……?」

 せつなげに眉を顰めた貴島さんの表情に、目が釘付けになった。だらりと伸ばされた貴島さんの大きな手をぎゅっと握り締め、ゆっくりと首を振る。
 すると貴島さんが複雑そうに眦を下げた。

「ごめん、聞いておきながら、やめられないかも」

 そう言うとすぐにまた口付けられる。
 余裕のなさそうなそのキスに、私の感情もいやがおうもなく昂っていく。
 貴島さんの頬に指で触れる。ゆらゆらと揺れる瞳が私を見下ろしていて、きゅんと胸の奥が疼いた。
 
「やめないで……」

 耳元でそう囁けば、熱い吐息が落ちてくる。

「……夏穂っ」

 突然名前を呼ばれて、身体が喜びで震えた。
 早く、この人とひとつになりたい。
 胸の奥から突き上げてきた衝動のまま、貴島さんの身体を抱き締める。
 
「夏穂、可愛い……」

 貴島さんの唇が、再び私の頭のてっぺんから身体中を辿っていく。
 触れられるたびに、想いが注ぎ込まれるようで、全身が満たされていく。

 張り付いた前髪を避けて、貴島さんの唇が額に落ちてきた。
 顔の横に投げ出した手を、ぎゅっと絡めるように繋がれる。
 唇を重ねながら強く抱きしめられて、全部を貴島さんに包まれている気がした。そう実感した瞬間、全身を幸福感が突き抜けていった。
 
 
 
「ごめん……いきなりこんなつもりじゃなかったんだけど」

 貴島さんが上半身を起こし、私の髪を漉きながら伏せ目がちに言った。
 力の入らない身体を叱咤して、首をふるふると振って答える。

「武井さん、体大丈夫……?」

 起き上がる気配のない私を見て、心配そうに訊ねられる。

「大丈夫、です……」

 私の声は掠れていて、そちらの方が恥ずかしい。
 けれど。

「名前、呼んでもらえないんですか……?」

 そう訊ねると、貴島さんがぱちぱちと目を瞬かせた。

「夏穂……?」
「はい」

 低い声で穏やかに呼びかけられるのが嬉しい。自然と笑みが溢れる。

「じゃあ、夏穂も呼んで」

 そう言われて、今度はこちらが目を逸らす番だった。

「夏穂ー?」

 並んで横になった貴島さんが、こちらを覗くように目を合わせてくる。

「えっ、と」
「うん」
「……春樹、さん」

 小さな声だったけれど、ちゃんと届いたらしい。貴島さんは目尻を下げた。

「うん」

 長い指先が伸びてきてくすぐるように頬を撫でる。

「好きだよ」

 耳元でそう囁かれて、うっとりと目を閉じた。

「はい、私もです。春樹さん」

 ぬくもりを求めるように擦り寄ると、緩く抱きしめられる。
 穏やかな心音が響いてきて、このひととずっと一緒にいたい――そう強く思った。
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