触れる指先 偽りの恋
最後に付き合っていた彼氏と別れたのは、もう一年近く前だ。誘われていった合コンで出会った人だった。すっきりした鼻梁に切長の瞳が印象的な、一つ年上の会社員だった。
たまたま向かいの席に座り、お互いにがつがつしていなかったせいか、のんびり話をしながら、どれが美味しいなんて言い合いながら食事をしていた。そうしたら、帰り際連絡先を聞かれたので、驚いたものだ。
この人にも、そういう――出会いを期待する気持ちがあったのか、と。
まったく無関心だったのは、自分だけだったのかもしれない。
勝手に覚えていた親近感が消えていくかわりに、自分をそういう目で見てくれたことに、喜びを覚えた。
彼は、その場で次の約束を取り付けることも、無理やり二軒目に誘うこともなく、印象は悪くなかったので、改めて連絡がきたときも、嬉しかったのだ。
一週間後に改めて会ったときも、私のペースに合わせてくれていることが伝わって、楽しかった。
それから順調にデートを重ねて、告白されて、付き合って。
最初は上手くいっていたと思う。けれど途中から、会っていても彼から笑顔が消えることが増えた。
心から恋人を欲していたつもりではなかったけれど、いざ彼氏という存在ができると、頻繁に連絡をしてしまうし、一緒に時間を過ごしたい。
どこか、拠り所にしてしまうのだろう。
楽しそうじゃなくなったのは、毎日メールを送るのがうざいから? 隣に並んで歩くのが嫌なの?
いろいろ考えてもわからなくて、「私、何かしちゃった?」と聞いたら、「夏穂ちゃんは、俺のこと本当に好きって思ってくれてる?」と聞き返されてしまった。
「え、思ってるよ。じゃなかったらこんなふうに会ったり連絡したりしない」
「そっか、でもなんか、一緒にいても自分を優先してもらえない気がしちゃうんだよね」
そう言われて、がつんと頭を殴られたような衝撃が走った。
「どうして。こんなに好きなのに」という言葉を、発する前に飲み込む。
ふと、思い至ったからだ。
確かに私は、デート中でも電話がかかってきたら迷うことなく出る。そしてそのまま、電話の相手と仕事の話を長々してしまうことがあった。
それ以外にも――。
「道案内も、他人の写真を撮ってあげるのも、親切でいいなって思ってたよ」とその彼はいった。
でも人に親切にするなら、その分を俺にも同じように向けてほしい。
そう言われて、何も言い返すことができなかった。
確かに私はお人よしで、ついつい手も口も出してしまう。
そのせいで、デートが中断されることも度々あった。
だって、道に迷っている人を放って、自分たちだけ目的地に向かうことはできない。
「ごめん……」
謝ったけれど、俯く私の頭上に降ってきたのはため息だった。
「いや、こっちこそごめん。でも俺は、夏穂ちゃんとは付き合っていく自信がない」
そう言って、彼は去って行った。
自分が良かれと思ってしたことで、誰かを不快にさせているんだと、初めて知った瞬間だった。
それ以来、誘われても合コンには行かなくなった。
今年度になって、本社から店舗配属になったという理由もある。勤務時間が不規則になったせいで、友人たちからの誘いを断ることも多くなった。
たまたま向かいの席に座り、お互いにがつがつしていなかったせいか、のんびり話をしながら、どれが美味しいなんて言い合いながら食事をしていた。そうしたら、帰り際連絡先を聞かれたので、驚いたものだ。
この人にも、そういう――出会いを期待する気持ちがあったのか、と。
まったく無関心だったのは、自分だけだったのかもしれない。
勝手に覚えていた親近感が消えていくかわりに、自分をそういう目で見てくれたことに、喜びを覚えた。
彼は、その場で次の約束を取り付けることも、無理やり二軒目に誘うこともなく、印象は悪くなかったので、改めて連絡がきたときも、嬉しかったのだ。
一週間後に改めて会ったときも、私のペースに合わせてくれていることが伝わって、楽しかった。
それから順調にデートを重ねて、告白されて、付き合って。
最初は上手くいっていたと思う。けれど途中から、会っていても彼から笑顔が消えることが増えた。
心から恋人を欲していたつもりではなかったけれど、いざ彼氏という存在ができると、頻繁に連絡をしてしまうし、一緒に時間を過ごしたい。
どこか、拠り所にしてしまうのだろう。
楽しそうじゃなくなったのは、毎日メールを送るのがうざいから? 隣に並んで歩くのが嫌なの?
いろいろ考えてもわからなくて、「私、何かしちゃった?」と聞いたら、「夏穂ちゃんは、俺のこと本当に好きって思ってくれてる?」と聞き返されてしまった。
「え、思ってるよ。じゃなかったらこんなふうに会ったり連絡したりしない」
「そっか、でもなんか、一緒にいても自分を優先してもらえない気がしちゃうんだよね」
そう言われて、がつんと頭を殴られたような衝撃が走った。
「どうして。こんなに好きなのに」という言葉を、発する前に飲み込む。
ふと、思い至ったからだ。
確かに私は、デート中でも電話がかかってきたら迷うことなく出る。そしてそのまま、電話の相手と仕事の話を長々してしまうことがあった。
それ以外にも――。
「道案内も、他人の写真を撮ってあげるのも、親切でいいなって思ってたよ」とその彼はいった。
でも人に親切にするなら、その分を俺にも同じように向けてほしい。
そう言われて、何も言い返すことができなかった。
確かに私はお人よしで、ついつい手も口も出してしまう。
そのせいで、デートが中断されることも度々あった。
だって、道に迷っている人を放って、自分たちだけ目的地に向かうことはできない。
「ごめん……」
謝ったけれど、俯く私の頭上に降ってきたのはため息だった。
「いや、こっちこそごめん。でも俺は、夏穂ちゃんとは付き合っていく自信がない」
そう言って、彼は去って行った。
自分が良かれと思ってしたことで、誰かを不快にさせているんだと、初めて知った瞬間だった。
それ以来、誘われても合コンには行かなくなった。
今年度になって、本社から店舗配属になったという理由もある。勤務時間が不規則になったせいで、友人たちからの誘いを断ることも多くなった。