君の隣が、いちばん遠い
視線を上げると、そこには一ノ瀬くんがいた。
何も言わず、隣に腰を下ろす。
言葉はない。
でも、それが気まずくないのだ。
ふたり並んで、静かにお弁当を食べた。
すると、ふと、彼が言った。
「それ、おいしそう」
その声にわたしは思わず、ふっと笑ってしまった。
「今、笑った?」
「……笑ってない」
「うそ。今、ちょっと笑ったよな」
「……別に、笑ってないし」
けれど、その声は柔らかく揺れていた。
気づかれないように、笑ったはずだったのに。
それが、彼にはちゃんと届いていた。
放課後。
わたしはまた、誰よりも遅くまでプリント整理をしていた。
黒板の角度、紙の端、貼る高さ。
誰も見ていないようなところに、丁寧に手をかける。
それが、わたしの“居場所のつくり方”だった。
──だけど、その手をまた、誰かがそっと支えてくれることがあると知ったのは、最近のことだ。
ふと視線を上げると、廊下を歩く一ノ瀬くんの後ろ姿が見えて。
その背中を追うように、わたしはそっと立ち上がった。