君の隣が、いちばん遠い
 

視線を上げると、そこには一ノ瀬くんがいた。

何も言わず、隣に腰を下ろす。


言葉はない。

でも、それが気まずくないのだ。


ふたり並んで、静かにお弁当を食べた。

すると、ふと、彼が言った。


「それ、おいしそう」


その声にわたしは思わず、ふっと笑ってしまった。

 

「今、笑った?」

「……笑ってない」

「うそ。今、ちょっと笑ったよな」

「……別に、笑ってないし」


けれど、その声は柔らかく揺れていた。

 

気づかれないように、笑ったはずだったのに。

それが、彼にはちゃんと届いていた。

 



放課後。

わたしはまた、誰よりも遅くまでプリント整理をしていた。


黒板の角度、紙の端、貼る高さ。

誰も見ていないようなところに、丁寧に手をかける。


それが、わたしの“居場所のつくり方”だった。


──だけど、その手をまた、誰かがそっと支えてくれることがあると知ったのは、最近のことだ。


ふと視線を上げると、廊下を歩く一ノ瀬くんの後ろ姿が見えて。

その背中を追うように、わたしはそっと立ち上がった。

 

< 34 / 393 >

この作品をシェア

pagetop