君の隣が、いちばん遠い
②まっすぐじゃない気持ち
「バトン、ちゃんと前見て渡して!」
一ノ瀬くんの声が、グラウンドに響く。
体育祭の直前。
夏の気配が強くなり始めた午後、グラウンドは熱気と砂埃に包まれていた。
わたしは、その熱の外にいるような気分で、裏方の係の仕事をしていた。
ゼッケンの仕分け、ラインテープの補充、タイム計測のサポート。
表に出すぎず、でも手を抜かず、誰かの役に立てる場所。
──そのつもりだった。
なのに。
「佐倉さん、お願い!」
その声がかかったとき、わたしは断れなかった。
リレーの補欠として、急きょ練習に加わることになったのだ。
出番はないはずだった。
けれど、練習には“形だけでも”という空気がある。
その空気を、断ることができなかったのだ。
バトンを握る手に、少しだけ力が入る。
視界が揺れ、砂の匂いが鼻をかすめる。
足元がふらついた。けれど、なんとか走りきった。