君の隣が、いちばん遠い


あの夏のカフェ、河原、そして夜空に咲いた花火。

あの瞬間に交わされた静かな言葉と、そっと添えられた手の感触。

わたしの胸の奥には、まだやさしく残っていた。


その空気が続いていくのか、変わっていくのか。

わからないけれど、たしかにあの時間は、本物だったと思えた。





そして、ホームルームの冒頭。

担任の久遠先生が声を上げた。


「じゃ、今日はいきなりだけど……席替えします」


一瞬、教室中がざわつく。

待ってましたとばかりに騒ぐ男子たち。

目で合図を送り合う女子たち。


わたしは、手元のノートを閉じながら静かに息を吐いた。


くじ引きで決まった新しい席。

黒板に向かって左側の窓際だった。


そして──その右隣の席には、全く話したことがない吉岡の名前があった。


背が高く、無口で、読書好きの男子。

美術部でよくスケッチをしているのを見かける。

クラスでも派手さはないが、妙に存在感がある。


< 84 / 393 >

この作品をシェア

pagetop