恋のレシピは、距離感ゼロで無口な先輩と

レシピ1:ずぼらの朝は落ち込みから始まる

「今日も仕事か……週末まで、あと二日」

 寝ても疲れが取れなくなったのはいつからだろう。
 朝、目覚ましが鳴るたびにまぶたが重く、布団から抜け出すのが苦痛に感じる日が増えた。
 かつてはシャキッと目覚めて、朝日を浴びながらお気に入りの紅茶を淹れるのが習慣だったのに、今ではその余裕もなくなっている。
 朝食は、ほとんど惰性で口にするだけ。
 台所の隅に放り出されたままの食パンを一枚取り出し、トースターに突っ込む。
 カリッと焼き上がったはずのトーストも、バターを塗るのが億劫で、そのままもさもさと口に運ぶだけ。
 トーストの端は少し焦げていて、パサパサした食感が口の中に広がる。
 それを無理やり噛みしめ、唾液と混ぜて飲み込む。
 その乾いた食感が喉を通るたびに、「ああ、これが私の朝か」と虚しさがこみ上げてくる。
 本当はここに、淹れたての紅茶やカフェラテがあれば少しは気分も上がるのだろうけど、それを準備する手間を考えるとため息が出る。
 やかんに水を入れて火にかける時間さえ惜しくて、結局ペットボトルの水で済ませてしまう。
 食卓に置かれたコップから、冷たい水を一気に流し込む。
 その無味の冷たさが、なんだか今の自分の心の中を映しているようで、少しだけ嫌になる。
 自分のために用意する食事が疎かになったのは、今に始まったわけではない。
 仕事が忙しくなり始めた頃から、少しずつ、少しずつ、生活が乱れ始めた。
 最初は簡単なサラダや卵料理を作る余裕があったけれど、いつの間にか冷蔵庫の中身も減り、今ではパンとジャムくらいしか入っていない。
 たまにスーパーで買い出しに行っても、結局お惣菜や冷凍食品ばかりカゴに入れてしまう。
 電子レンジで温めるだけの総菜パックや、カップ麺の山がキッチンに積み重なっていく。
 料理をする気力が湧かないから、台所に立つ時間も減り、フライパンや鍋は埃をかぶっている。
 食器棚には、いつしか友人から引っ越し祝いでもらったお皿がしまわれている。でも、あまりにも可愛くてもったいなくて、それらが活躍する日はもう来ないのかもしれない。
 可愛い雑貨屋を前にしても、入ることさえ億劫になった。私に買われて、なんだか可哀想だと思ってしまうから。きっと使うことはない。大事にしてあげることもできない。それなら見ないほうがいい。
 ただ口に入れて、飲み込む。胃に入ればなんでもいい。
 それなりに味が悪くなければ、それで十分だと自分に言い聞かせる。
 栄養のことなんて考える余裕もないし、むしろ考えること自体が面倒くさい。
 朝食を終えた後、キッチンに残った空の皿を見て、またため息が漏れる。
 これが私の日常。
 そう自分に言い聞かせるように、無理やり気持ちを切り替えて玄関に向かう。
 今日も一日、仕事に追われる自分が目に浮かぶ。
「はあ、行くしかないよね」
 自分を奮い立たせるように、小さくつぶやいて、私は家を出た。
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