恋のレシピは、距離感ゼロで無口な先輩と
「ごめんね、どんなときでも声をかけてもらっていいから。それで修正、できそうかな?」
「うーん、なんか多そうでしたよね。私だとまたミス連発すると思うんでお願いできないですか?」
ビシッと言ってしまえばいいと分かってはいる。
けれど、なかなかそうもいかない。小林さんは社員の中でも特別な枠にいる人間だ。
社長の姪っ子。つまりは、小林さんに注意すれば、彼女の気分次第で私の首なんて簡単に飛ぶ。社長はとにかく小林さんを溺愛していて、会社に呼んだのも自分の近くに置いておきたいという理由からだそうだ。
「……分かった。今度から気を付けてね」
「はあい。それより、成川さんってなんで橘さんばかり話しかけるんですかね」
話題が勢いよく変わったけれど、彼女の中では私の会話よりもそっちのことを頭で考えていたのかもしれない。
分かってもらえたのかどうか定かではない。それでも問題が起こるぐらいなら、私がどうにかすればいいだけの話。今なら、小林さんと普通に話すことを心がけることで精一杯だ。
「ほかにも経理の人間いるのに、絶対橘さんに声かけるじゃないですか」
「そうかな? たまたま手が空いてただけだと思うよ」
「違いますって。だって、私が『経費の件で確認してもいいですか?』って聞いたら、『橘にお願いしてるから大丈夫』って言われましたもん。答えになってなくないですか?」
やり取りとしては引っかかる部分もあるけれど……まあ、それは付き合いの長さもあるかもしれない。
私が新入社員としてここに入ったとき、成川さんはすでに四年先輩だった。
部署が違うので、しっかりとした関係性があるわけではないけど、何かと経理部に顔を出してもらえることで、私の名前も次第に憶えてもらったという流れだと思う。
「長くいるってだけだから」
「いいなあ。私も早く新人枠を卒業したいです。そうじゃないと、成川さんが売れちゃうじゃないですか」
また、とんでもない表現を。若さゆえなのか、ハラハラするような言い回しに心臓が持たない。こういった言い方も注意したほうがいいのだろうか。でも悪意があるわけではないし、ジェネレーションギャップといえば、それで片付く話にもなりそうだ。
「で、成川さんが独身って本当なんですよね?」
「うーん、そうだって聞いたことはあるけど」
「今まで彼女の噂もないんですか」
「……どうかな、そのあたりは詳しくないから」
「詳しくなりましょうよ! 橘さんだって結婚を考えない年齢じゃないですよね?」
……本当に、彼女はストレートだ。
時々この直球が羨ましくなる。あれこれと考えずに言葉にできたら、何事もスムーズにいくのかなと。特に結婚に関しては。
「考えるけど……それは相手がいたらで」
「橘さんこそ、いい人いそうなのに。仕事もできて顔も整ってるじゃないですか? どうして彼氏作らないんです?」
ふと、朝の光景を思い出す。
誰かと生きていくことに、憧れを持たないわけではない。いつかは、と考えることもあるし、焦らなければいけないと思っていることも本音。
でも、ひとりだからこそ、できる生活がある。
「うーん、なんか多そうでしたよね。私だとまたミス連発すると思うんでお願いできないですか?」
ビシッと言ってしまえばいいと分かってはいる。
けれど、なかなかそうもいかない。小林さんは社員の中でも特別な枠にいる人間だ。
社長の姪っ子。つまりは、小林さんに注意すれば、彼女の気分次第で私の首なんて簡単に飛ぶ。社長はとにかく小林さんを溺愛していて、会社に呼んだのも自分の近くに置いておきたいという理由からだそうだ。
「……分かった。今度から気を付けてね」
「はあい。それより、成川さんってなんで橘さんばかり話しかけるんですかね」
話題が勢いよく変わったけれど、彼女の中では私の会話よりもそっちのことを頭で考えていたのかもしれない。
分かってもらえたのかどうか定かではない。それでも問題が起こるぐらいなら、私がどうにかすればいいだけの話。今なら、小林さんと普通に話すことを心がけることで精一杯だ。
「ほかにも経理の人間いるのに、絶対橘さんに声かけるじゃないですか」
「そうかな? たまたま手が空いてただけだと思うよ」
「違いますって。だって、私が『経費の件で確認してもいいですか?』って聞いたら、『橘にお願いしてるから大丈夫』って言われましたもん。答えになってなくないですか?」
やり取りとしては引っかかる部分もあるけれど……まあ、それは付き合いの長さもあるかもしれない。
私が新入社員としてここに入ったとき、成川さんはすでに四年先輩だった。
部署が違うので、しっかりとした関係性があるわけではないけど、何かと経理部に顔を出してもらえることで、私の名前も次第に憶えてもらったという流れだと思う。
「長くいるってだけだから」
「いいなあ。私も早く新人枠を卒業したいです。そうじゃないと、成川さんが売れちゃうじゃないですか」
また、とんでもない表現を。若さゆえなのか、ハラハラするような言い回しに心臓が持たない。こういった言い方も注意したほうがいいのだろうか。でも悪意があるわけではないし、ジェネレーションギャップといえば、それで片付く話にもなりそうだ。
「で、成川さんが独身って本当なんですよね?」
「うーん、そうだって聞いたことはあるけど」
「今まで彼女の噂もないんですか」
「……どうかな、そのあたりは詳しくないから」
「詳しくなりましょうよ! 橘さんだって結婚を考えない年齢じゃないですよね?」
……本当に、彼女はストレートだ。
時々この直球が羨ましくなる。あれこれと考えずに言葉にできたら、何事もスムーズにいくのかなと。特に結婚に関しては。
「考えるけど……それは相手がいたらで」
「橘さんこそ、いい人いそうなのに。仕事もできて顔も整ってるじゃないですか? どうして彼氏作らないんです?」
ふと、朝の光景を思い出す。
誰かと生きていくことに、憧れを持たないわけではない。いつかは、と考えることもあるし、焦らなければいけないと思っていることも本音。
でも、ひとりだからこそ、できる生活がある。