恋のレシピは、距離感ゼロで無口な先輩と
「ご縁があったら、いいなとは思うかな」
「じゃあ橘さんは、そのご縁を求めてます?」
「え?」
「私からすると、全然そうは見えないですよ? もっとマップリとか活用していかないと」
「マップリ……って、なんだっけ」
「マッチングアプリですって。時代遅れですよ?」

 そうだったのか、興味がなくて聞いたこともなかった。略されると分からない言葉が増えたのもいつからだろう。

「あーあ、私だって成川さんとお近づきになりたいのに。仕事が出来る人って憧れちゃいますよね」
「そうだね」

 できるだけ穏やかな口調でそう答えたつもりだけど、頬に力が変に入ってしまう。
 小林さんの瞳はキラキラと輝いていて、その無邪気な表情が少しだけ眩しく感じる。
 彼女はまだ社会人になりたての新卒だ。
 職場の人間関係も、仕事の進め方も、これから覚えていくことばかりだろう。私だって、最初の頃はそうだった。

「でも、成川さんってちょっと不思議じゃないですか?」
「不思議?」

 私は少しだけ首をかしげる。

「だって、あんなに仕事ができるのに、仕事以外だと人を立ち入らせないところありません?」

 その言葉に、思わず心の中で頷いてしまう。
 見た目や立場から「デキる営業マン」という印象が強いけれど、それでも職場の飲み会には顔を出したことが一度もないと聞いたこともある。
 部署は違えど新年会や忘年会は会社全体の飲み会にもなるから、参加できるときは顔を出すけれど、そこで成川さんを見かけたことはない。
 よほどそういった集まりが好きじゃないのか、もしくは参加できない理由があるとか。

「というか橘さんは、成川さんと話すことが多いですよね。どうやったらそんなに話せるようになれるんですか?」

 彼女が身を乗り出して、期待に満ちた瞳で見つめてくる。
 その真っ直ぐな視線に少しだけ困ってしまう。

「えっと、どうだろう……ただの仕事の話をしてるだけだと思うけど」

 事実だ。プライベートの話はしたことがないし、成川さんが経理に顔を出すときも指摘をするぐらいだ。
 そこにたまたま私が居合わせることが多かっただけの話で、相手は誰でもよかったはず。

「仕事の話ですら私はしてもらえないんですよ?」
「それは、小林さんの教育担当でもあるから経費の処理が慣れてるだけで」
「えー、でもほかにも先輩方っているじゃないですかあ。それなのに橘さん贔屓っていうか」
「さっきも言ったけど、私が手空いてるタイミングが重なっただけだよ」

 それ以上はどうかやめてほしい。彼女の指導係になってからというもの、配慮が欠けた言葉に苦笑いすることが増えた。常に笑っていないといけない部署でもないのに、愛想笑いばかりが浮かぶ。
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