恋のレシピは、距離感ゼロで無口な先輩と
「あれ、橘さん。今日もそれだけですか?」

 彼女が見ていたのは、私の手元にあるエネルギーチャージをしてくれるゼリーだ。

「ちょっとダイエットしてて」
「えー、ちゃんと食べないとだめですよ。せっかく食品会社で働いているんですから、意識していかないと。アラサーになるとお肌のお手入れ大変って聞きますし」
「……ありがとう。気にしてみるね」

 また愛想笑い。周囲の反応を見るのが怖くて何も気にしないようにするけど。
 そのとき、タイミングよく電話が鳴る。基本的に電話の対応は総務部が担当することになっているが、経理部と同じフロアにあるので、誰も手が離せなさそうであれば経理部が対応することになっていた。
 こんなとき、小林さんは率先して動こうとはしない。電話対応が苦手とは言っていたけど、それは私だって同じだった。それでも、かかってきたからには、電話にも出ないといけない。
 電話に出ると、向こうから「成川」という名前があがった。

『営業部に成川という人間がいると思うのだが』
「成川でございますね。少々お待ちいただけましたら、このまま営業部にお繋ぎいたしますが……」
『ああ、頼むよ』
「かしこまりました。恐れ入りますが、念のため御社名を頂戴してもよろしいでしょうか?」
『……社名か。八代会社だが──いや、やはり、繋げなくていい』
「え……かしこまりました」
『……失礼』

 ぷつっ、と。
 次の瞬間、受話器の向こうからは無音が返ってきた。
 通話が切れたことに気づき、私はそっと受話器を置いた。
 今のは、なんだったのだろう。成川さんが取引している会社なのかな。でも、それなら成川さんの社用スマホに連絡がいくはずだけど。
 とりあえず報告だけはできるようにと社名を控え、ランチとは名ばかりのゼリーを流し込んだ。
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