恋のレシピは、距離感ゼロで無口な先輩と
「好きだよ、橘。だから俺と結婚して」

 これは、口に出してはいけないと思っていた。
 自覚したときから、胸の内に秘めていた気持ちだけど。

「私も好きです……好きです、成川さん」
「うん」
「結婚、したいです。成川さんと、こうしてずっと一緒にいたいです」

 そう言ったら、成川さんはとびきりやさしい声で「俺も」と答えてくれた。
 あまりにも幸せで、どうしようもなく不安になって、その不安を掻き消すような温もりで成川さんが抱きしめてくれた。
 成川さんの幸せが願えるならそれが一番いいと思っていた。でも、この胸の中で思うことはひとつだけだった。

「私、成川さんを幸せにしたいです」
「それ、俺が言うやつだろ」

 でも本気だ。私は成川さんを幸せにしたい。たくさん辛いことを抱えてきたこの人が、幸せだと思うことを、隣で見守っていきたい。

「じゃあ俺は、橘を幸せにしないとな」
「……私は成川さんと一緒にいられたら、それが幸せですよ」

 顔を上げる。その先に愛おしい人の眼差しが映る。

「これからも、ふたりの家庭の味を見つけていきましょう。美味しくて、温かいご飯がある家に、していきたいです」

 そう言って、頭を下げる。

「なので……不束者ですが、よろしくお願いします」

 声が震えそうになるのをごまかすように、少し笑って言った。

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 ふたりの手のひらが重なった瞬間、もうフリなんかじゃないと、ちゃんと実感できた。
 この人と一緒にご飯を食べて、笑って、何でもない夜を繰り返していく。
 それが、これからの幸せなんだと思えた。

「いつでもいいと思ってたけど、成川さんはしばらく続くのか」

 聞かれて、そうかと思った。
 私たちはただ付き合うのではなく、結婚を前提とした関係だ。

「……すぐには無理かもしれないです」
「聞くけど、俺の下の名前知ってるのか」
「し、知ってますよ? あの……成川、湊さんと」
「うん?」
「いや、だから、……成川湊さんと」
「聞こえない」
「か、確信犯ですよね⁉」
「小春の声が小さいから」

 不意打ちで呼ばれた名前に、衝撃が走る。小春、と呼ばれる破壊力を想定していなかった。

「……名前呼びは、心臓に悪いですね」
「じゃあ、橘がいい?」
「……慣れたいので、名前がいいです」
「それなら小春も」

 ずっと成川さんと呼んできたから、いきなり呼び方を変えるなんて難しい。
 憧れの成川さんが今はしっくりくるけれど。

「……み、なと、さん」
「まあ及第点だな」
「厳しいです……!」
「だから──」

 成川さんが、耳元でそっと残していく。

「早く慣れろ」

 ぼそっと呟かれたそれに、心臓がうるさいほど鳴り響いていた。
 どうか成川さんには聞こえませんようにと願うことしかできなくて。
 ただ、好きな人と一緒にこうしていられる時間が幸せで、少し泣いてしまいそうだった。
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