恋のレシピは、距離感ゼロで無口な先輩と
■成川side

 自分がまさか、この店に来るとは思わなかった。
 可愛らしい食器が目の前に並ぶ。
 パステルカラーのマグカップに、金縁の皿。
 さくらんぼの絵が描かれた小皿に、透明なガラスのティーポット。
 どれもこれも、ひとり暮らしの男には縁がなさそうなものばかりだ。
 けれど、隣で目を輝かせながら「か、かわいい」と呟いている彼女を見ていると、そう思っていたことすら、どうでもよくなってくる。
 ふと俺の視線に気付いたのか、橘が慌てたような顔を見せる。

「すみません、思いっきり楽しんでしまいました」
「いいだろ、楽しんで」
「でも、成川さんがあまり選ばなそうなデザインが多いのかなと……」
「入るかって言ったのは俺だから気にすんな」

 そう、言い出したのは自分だ。一緒に住むにあたり、ショッピングモールで何かと取り揃えていたとき、この店の前で足取りが遅くなった彼女に気付いた。
 入りたいです、という願望を口にはしなかったものの、その横顔を見ていたら入る選択をしても別にいいのではないかと思ったのだ。
 ただ、一度も踏み入れたことがないここを、たしかに俺の存在が浮いていることは否めない。

「あ、じゃあこれとか、成川さん使います?」

 そう言って差し出されたのは、白地に薄く水彩のような花模様があしらわれたお皿だった。
 綺麗だし悪くない。それでも正直なところ、自分では絶対に手に取らないタイプだ。そのことを橘をわかっているのか、「似合いますね」と笑う。

「からかってんのか」
「からかってませんよ⁉ こういうギャップも素敵だなと妄想が捗ったところで」
「捗らせるな」

 でも、と橘が持つ皿を受け取る。

「和食のときは合うかもな」
「わ、じゃあ買ってもいいんですか?」
「ん」

 そう返せば、うれしそうな顔で「どんどん見ていきましょう」と歩いていく小さな背中。

「私、ずっとこのお店に来たいと思ってたんです」
「来なかったのか?」

 来る機会ならいくらでもあっただろう。けれど彼女は、やんわりと首を振って、目の前にあった箸を手にする。

「大して料理もしないのに、私の家に持って行かれる食器が可哀想だなと思って」

 橘の家には行ったことがない。会うのはいつも俺の家で、それが自然になっていた。
 それに、「成川さんの家のほうが、帰って来た感じがします」と安心するような顔を見せられたら、行きたいとは口にすることもなかった。

「飾るだけでもいいかって割り切ったりもしたんですけど、ちょっとここが眩しく見えてしまって。結局いつも、お店の外から少し見て満足してました」

 今日も、俺が声をかけなかったらそうするつもりだったのだろうか。入ろうなどと、きっと彼女からは言わなかったかもしれない。

「だけど、入ってみてわかりました。やっぱり楽しいですね。可愛いものを見ていると心が躍るというか。だから、成川さんと一緒にお店の中を見て回れるなんて今はうれしくて。かなり浮かれてます」

 照れくさそうにする横顔に手を伸ばす。頬に触れると、焦げ茶色の瞳が少し驚いたように俺を見上げた。

「成川さん?」
「橘が好きなものを選んだらいい」
「えっ、いや、そんなつもりはなかったんです。ふたりで一緒に決められたらって」
「ふたりで決める食器もあればいいし、橘が好きで使いたいものを買うのも大事だ。それに合わせて料理するのも楽しいだろ」

 俺では決して選ばなかったもの。それが食卓に並ぶ未来を想像したら、いいものだと素直に思えた。
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