恋のレシピは、距離感ゼロで無口な先輩と
 シーツの中、ゆっくりと整っていく呼吸。
 まだ重なるようにして横たわる小春の肩を、そっと包み込む。
 頬が触れそうな距離で、彼女のまつげが時折震えているのが見えた。

「……悪い、無理をさせた」
「い、いえ、そんなことないです。その……私は、また、なんて思ったり」

 正直者は、俺の心を休ませてはくれないらしい。簡単に次に繋がってしまうというのに。
 いじらしくて、それを掻き消すように、もう一度だけ額にキスを落とした。

「……なんだか、幸せです」
「急だな」
「いつも思うんです。でも、幸せはまだほかにもあったんだなって」

 小さな声。
 安心しきったような、それでいて少し恥ずかしそうな響きに、胸の奥が静かに満たされていく。

「成川さんと一緒にいられることも、成川のご飯が食べられることも、私にとっては最上級に幸せなことだったんです。でも、今の時間を知ってしまって、まだまだ心も身体も満たされることがあったんだって」

 それは、俺だけではなかったのか。
 全く同じことを思っていた、なんて口にできるはずもない。後出しは信憑性が薄い。
 それでも、たとえ言ったとしても彼女はうれしそうに頷いてくれるのだろう。「そうですよね、一緒です」と言う姿まで想像できる。
 だからこそ何も言わず、彼女の艶やかな髪を撫でながら、目を閉じた。
 これまで、誰かとこんなふうにただ寄り添って眠るということを、ちゃんとしたことがなかった。
 だけど今、この腕の中には、守りたいと思える人がいる。

「……小春」

 名前を呼ぶと、彼女がすり寄るようにして体を預けてきた。
 そのぬくもりごと抱きしめる。
 夜はもう深く、何も言葉はいらなかった。
 世界には彼女の寝息と、微かに残る体温だけがあった。
 そして、それが何よりも確かな幸福だと、心の底から思えた。
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