天才画家に描かれて、毎晩とろけそうです ―スイートルームで始まる、芸術と恋の独占契約
その夜、スイートルームの空調はほどよく涼しく、
咲良は描き終えたあと、バスローブのままソファで紅茶を飲んでいた。

「今日はよく描けたよ」
レオンはそう言って、スケッチブックのページを閉じる。

「ふーん。私は……あんまり動けなかったけどね」

「動かなくていい。君がそこにいてくれるだけで、十分なんだ」

甘すぎる言葉に、咲良は反応しきれずに黙った。
照れくさい。でも、嫌じゃない。

そのとき──

「続いての話題です。都内・下町の路地裏で見つかったストリートアートが、SNSを中心に話題となっています」

テレビの音声に、ふたりの視線が自然と向いた。

画面に映し出されたのは、薄暗い夜の街角。
古びた壁に描かれた、大きな『虹』。

「この独特な色彩と構図から、海外で活動する覆面アーティスト“L”による作品ではないかと見られており……」

咲良の手が、カップを持ったまま止まる。

(この虹……見たことある。いや、あれは──)

言葉にはならなかった。
でも確信だけが胸を突いた。

それは、あの夜、自分が背負い投げしたあの場所。
彼が、痛みをこらえながら描いていた絵。

「……レオン」

思わず呼びかけた。

レオンはソファに肘をかけたまま、穏やかな表情でテレビを眺めている。

「この“L”って……もしかして」

その瞬間、レオンの目がゆるやかに揺れた。

けれど彼は何も言わず、ただ微笑んだ。

「さて、どうだろうね」

その曖昧な返しに、咲良の胸の奥が、すっと冷えたような気がした。

< 10 / 63 >

この作品をシェア

pagetop