天才画家に描かれて、毎晩とろけそうです ―スイートルームで始まる、芸術と恋の独占契約
「美しい……君は、まるで彫刻のようだ」

まだ地面に倒れたままの男が、うっとりとした目で咲良を見つめている。

「ちょっ、ちょっと!? 何言ってんの!?」

咲良は慌てて距離をとった。
さっきまでの正義感はどこへやら。

今はただ、知らない男に投げ飛ばしたことと、
「美しい」なんて真顔で言われたことのダブルパンチで頭が混乱していた。

「ご、ごめんなさい!痛いよね!? 腕……たぶん、折れてるよね!? 救急車、呼んだ方が──」

「騒ぎには、しないでほしい」

男は、顔をしかめながらも落ち着いた口調で言った。

「目立つのはまずい。……頼むよ」

「でも、あなた──」

咲良は、迷った末にスマホを握ったまま震える声で言った。

「じゃあ……せめて、タクシーで病院行こう? ね? ほんとにごめんなさい。投げるつもりなかったの。……あ、いや、あったけど、でもこんなことになるなんて……」

取り乱しながら頭を下げる咲良に、男は苦しげに微笑んだ。

「君に背負い投げられて、骨を折ったなら……まあ、悪くない」

「よくないでしょ!!」

必死で否定しながら、咲良は心底思った。

(わたし、なにしてんだろ……)

男は少しずつ起き上がり、足を引きずるようにして壁際に寄りかかった。
その手元に落ちたスプレー缶。
そして壁には──

(……絵?)

咲良は、はっと目を見開いた。

それは落書きなんかじゃなかった。
淡く、やわらかく、でもしっかりと描かれた“虹”。

思わず息を呑む。
なんだか胸の奥が、きゅっとなった。

(これ……この人が?)

とても「ただの不審者」が描いたとは思えない。
心に残る、温かい色だった。

そして、咲良はようやく、男の顔を正面から見る。

──金髪。くるくると自然に巻いた、柔らかな光を抱えた髪。
吸い込まれそうな青い瞳。
まるでミケランジェロの彫刻から抜け出したような、美しい顔立ち。

夜の街灯に照らされたその横顔は、現実のものとは思えないほど整っていた。

「……ほんとに、ごめんなさい」

もう一度、深く頭を下げる。
そして、思わず口をついて出た。

「なんでもします。責任取りますから……!」

男の目が、ふっと細くなる。

「……本当に?」

その声に、咲良は背筋がぞわっとした。
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