天才画家に描かれて、毎晩とろけそうです ―スイートルームで始まる、芸術と恋の独占契約
「……集中してないな」
一歩、二歩。
畳の上を踏み込みながら、榊原隼人が静かに言った。
咲良は軽く息を切らせ、黙って構え直す。
汗がこめかみをつたって落ちる。
それなのに、頭の奥だけは冷たく、ずっとよそ見をしていた。
「前なら、もっと容赦なかった」
「……わかってる」
そう返すのがやっとだった。
いつもなら読み合いの瞬間に反応できたのに。
いつもなら、ためらいなく投げていたのに。
いまの咲良は、どこか守りに入っていた。
力が出ないのではなく、出せない。
身体は反応するのに、気持ちが追いつかない。
「何かあった?」
隼人の問いは短く、ぶっきらぼう。
でもその声の奥には、確かに「知っている」響きがあった。
咲良は黙ったまま帯を握りしめる。
否定すれば嘘になる。
だけど説明なんて、できなかった。
しばらくの沈黙のあと、隼人が畳に正座したまま言った。
「何があったのかは知らないが、落ち込んでるな」
「……」
「子供の頃と同じだ。けっこう引きずるタイプ、だろ?」
咲良は、ふっと息を吐いた。
それはため息とも、笑いともつかない吐息だった。
「……うん。たぶん、そうかも」
日溜まりの中の出来事。
あのまなざし。
あの指先。
忘れるには、あまりにも丁寧で、やさしくて。
描かれただけなのに、消えない。
「だったら、行動しろ」
唐突に、隼人が言った。
「何に悩んでいたのか忘れるくらい、動け。おまえなら、できるだろ」
驚いて顔を上げると、隼人はいつも通り無表情のまま、
ごく普通の声で言った。
「まあ、俺は柔道しかできないけどな」
咲良はその瞬間、ほんの少しだけ肩の力が抜けた。
一歩、二歩。
畳の上を踏み込みながら、榊原隼人が静かに言った。
咲良は軽く息を切らせ、黙って構え直す。
汗がこめかみをつたって落ちる。
それなのに、頭の奥だけは冷たく、ずっとよそ見をしていた。
「前なら、もっと容赦なかった」
「……わかってる」
そう返すのがやっとだった。
いつもなら読み合いの瞬間に反応できたのに。
いつもなら、ためらいなく投げていたのに。
いまの咲良は、どこか守りに入っていた。
力が出ないのではなく、出せない。
身体は反応するのに、気持ちが追いつかない。
「何かあった?」
隼人の問いは短く、ぶっきらぼう。
でもその声の奥には、確かに「知っている」響きがあった。
咲良は黙ったまま帯を握りしめる。
否定すれば嘘になる。
だけど説明なんて、できなかった。
しばらくの沈黙のあと、隼人が畳に正座したまま言った。
「何があったのかは知らないが、落ち込んでるな」
「……」
「子供の頃と同じだ。けっこう引きずるタイプ、だろ?」
咲良は、ふっと息を吐いた。
それはため息とも、笑いともつかない吐息だった。
「……うん。たぶん、そうかも」
日溜まりの中の出来事。
あのまなざし。
あの指先。
忘れるには、あまりにも丁寧で、やさしくて。
描かれただけなのに、消えない。
「だったら、行動しろ」
唐突に、隼人が言った。
「何に悩んでいたのか忘れるくらい、動け。おまえなら、できるだろ」
驚いて顔を上げると、隼人はいつも通り無表情のまま、
ごく普通の声で言った。
「まあ、俺は柔道しかできないけどな」
咲良はその瞬間、ほんの少しだけ肩の力が抜けた。