天才画家に描かれて、毎晩とろけそうです ―スイートルームで始まる、芸術と恋の独占契約
「──会いたいの」

送信ボタンを押したあと、咲良はスマホをテーブルに置いた。
一瞬で心臓が跳ね、すぐに静まり返る。

返事は、しばらくなかった。
でも1時間後、短く届いたメッセージ。

『いいよ。今夜、待ってる』

それだけで、なぜか涙が出そうになった。



夜、スイートルームの前。

いつもと同じはずの扉が、やけに重たく見えた。
咲良は手のひらに汗をにじませながら、ノックする。

ドアが開く。
レオンがそこにいた。

金の髪。整った顔立ち。
いつもと変わらぬやさしい微笑み。

でも、どこか──目の奥が静かだった。

「咲良。来てくれてありがとう」

咲良は、何も言わずにうなずいた。
部屋に入ると、あのキャンバスは片隅に立てかけられていた。
もう描かれることのないまま、白いまま。

「元気だった?」

「うん。……そっちは?」

「まあまあ、かな」

取り繕うような会話が、妙にぎこちない。
咲良は、意を決して切り出す。

「……モデル、もう必要ないんだよね」

レオンの表情がすこしだけ陰る。
けれど、否定はされなかった。

「左手が治ったから。自分ひとりでも描けるようになった。
 だから……もう、大丈夫」

その優しさが、いちばん痛かった。

咲良は笑おうとしたけれど、うまくいかなかった。

「……そうだよね。わたし、あくまで“お詫び”で来てただけだもんね」

レオンの目が揺れる。

「ちがう。咲良、君は──」

言いかけて、言葉が途切れる。

でも、その先を咲良はもう求めなかった。

「大丈夫。私も……ちゃんと終わらせたくて来ただけだから」

ふたりの間に、少し長い沈黙が落ちた。

それは、描きかけた絵を破り捨てる代わりに、
そっと机の引き出しにしまうような、静かな終わり方だった。
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