天才画家に描かれて、毎晩とろけそうです ―スイートルームで始まる、芸術と恋の独占契約
「……本当はずっと、苦しかったんだ」

レオンがぽつりとつぶやいた。

ソファに腰を下ろし、片手で顔を覆うようにして、
彼は視線を咲良からそらしたままだった。

「君を巻き込んだと思ってた。怪我も……あの昼のことも」

咲良は何も言わなかった。
ただ、黙ってその言葉を受け止めていた。

「怪我が治ったとき、すごくほっとしたはずなのに……君がいなくなるのが、こわくて、なにも言えなくなった」

その声は、絵を描くときと同じくらい繊細で、揺れていた。

「……僕は、君のことを利用したんだ。だから、君に『返さなきゃ』って思った。もとどおりの毎日を」

「でも、私はそんなふうに思ってなかったよ」

咲良の声は静かだった。
震えているのは、どちらかと言えば胸の奥のほうだった。

「私は……レオンに呼ばれて、ここに来て、
 描かれて、愛されたって思ってた。
 利用されたなんて、少しも思ってなかった」

「咲良……」

「モデルだったって言われたら、それまでだけど」

レオンは苦しそうに目を伏せた。

言葉が届いているのか、ただ責められていると感じているのか、
咲良にはもう、わからなかった。

「でも、終わりにするっていうなら……私、受け入れるよ」

それが精一杯だった。

ほんとうは、もっと叫びたかった。
もっと縋りつきたかった。

でもそれをしたら、
あの夜の記憶すら、自分で壊してしまう気がして。

咲良は静かに目を閉じた。

レオンの気配が近づいて、そして遠ざかる。

目を開くと、レオンはぽつりと窓際に座っていた。

身じろぎもしない、彼の背中。

それがきっと、答えだった。
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