天才画家に描かれて、毎晩とろけそうです ―スイートルームで始まる、芸術と恋の独占契約
夜のパリ。
舗道に溶け込むような静けさのなか、咲良は路地裏の奥に足を踏み入れていた。

街灯もまばらで、ふいに風が頬をかすめる。

(こんなとこ、本当に誰かが……)

そう思いかけたときだった。

ふと、目の前の壁が、月明かりに照らされた。

──そこに、絵があった。

壁いっぱいに描かれた、大きな横顔。

やわらかな髪。
伏し目がちに、何かを見つめるまなざし。
首筋には、小さく光を放つ宝石のようなネックレス。

──ピンクダイヤ。

咲良は、その場に立ち尽くした。

タイトルも、メッセージも、サインもない。
でも、わかる。

これは、私だ。

あの夜、描かれた私。
「美しい」と言ってくれたあの手が、あの目が、
もう一度、私を思い出して描いてくれたんだと──

目元がにじむ。
寒さではなく、胸の奥がゆるんでいく。

レオンはもう、いないかもしれない。
でも、彼の線はここにある。
ちゃんと、私のことを残してくれていた。

名前なんて、いらなかった。
声にならなくても、確かにここに、想いはあった。

咲良はそっと壁に手を添えた。

「……ありがとう」

つぶやいたその声が、石畳に吸い込まれていく。
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