天才画家に描かれて、毎晩とろけそうです ―スイートルームで始まる、芸術と恋の独占契約
「ねぇ、今日もまた声かけられたの?フランス語で」

「……うん。何言ってるのか全然わかんなかったけど、なんかにっこにこで話しかけてきたから、ひたすら会釈して逃げてきた」

咲良は夕飯のサラダをつまみながら、どこか困ったように笑った。

レオンはその向かいで、グラスを片手に肩をすくめた。

「それは……仕方ないね。君は可愛いから」

「うそばっかり。絶対、アジア人珍しいんでしょ」

「ちがうよ」

レオンの声は、珍しくぴしりと強かった。

「君は珍しいんじゃなくて、特別なんだ。
 こっちの人間だって、見ればわかる。あの線の美しさ。
 首の傾き、髪の揺れ、肩の形、歩き方……全部、目を引く」

咲良はフォークを止めた。

褒め言葉に慣れていない自分が照れたのもある。
でも、それ以上に、レオンのまなざしが少しだけ硬かったからだった。

(なんだろう……いまの、ちょっと違った)

レオンはグラスを口元に運びながら、ちらりと窓の外に目をやった。

夕焼けが、アトリエの窓に柔らかくにじんでいた。



その翌日。
咲良がひとりでマルシェに向かうと、声をかけてくる男性がまた現れた。

背の高い紳士風の人。
濃い碧眼のモデルのような青年。
カフェのオーナーらしい年配の男性まで。

言葉はわからない。
でも、笑顔と一緒に投げかけられるフランス語は、どこか甘く響いていた。

咲良は苦笑して何度も首を振ったが、彼らは楽しそうに手を振っていった。



「また声をかけられた?」

帰宅してすぐのレオンの第一声だった。

咲良は「うん、でも大丈夫だったよ」とだけ返した。

けれど、レオンはその返事を聞いてから、スケッチを途中でやめた。

机に突っ伏すようにして、静かに呟いた。

「……誇らしいはずだったのに、なんでこんなに苦しいんだろう」

咲良は、それ以上、何も言えなかった。
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