天才画家に描かれて、毎晩とろけそうです ―スイートルームで始まる、芸術と恋の独占契約
深夜。
アトリエの照明だけが、部屋の片隅を淡く照らしていた。

レオンはスケッチブックを前に、ひとり、鉛筆を握っていた。
ページは、何枚も破かれて床に散っている。

咲良は、ベッドで眠っていた。

整った寝息。
規則正しく揺れる胸。
寝返りを打つたびに、シーツがかすかな音を立てる。

そのすべてが、やさしくて、愛おしくて──
でも、少しだけ怖かった。

(このまま、僕の横にいてくれるだろうか)

そう思った瞬間、胸の奥がきゅうっと苦しくなった。

数日前、咲良と一緒に入ったカフェで、
フランス語で彼女に話しかけていた青年の笑顔が頭をよぎる。

朗らかで、自信に満ちた態度。
流れるような発音。
屈託のない態度で、咲良に紙ナプキンを差し出していた。

咲良はそれを受け取らなかった。
けれど、何を話していたのか──レオンには聞こえなかった。

(僕は、咲良と同じ国の言葉を話せる。でも、咲良にしかない“無垢さ”を持っていない)

彼女は誰にも媚びず、でも誰よりもやわらかい。
だからこそ、人を惹きつける。

「君は、美しいよ」

何度も描いてきた。
線で、光で、色で、証明してきた。

だけど。

(彼女を誰かに「見られる」たびに、僕は――)

ぐしゃり、とスケッチブックが折れた。
レオンは顔を伏せる。

(僕は今、君の何なんだろう)

芸術家?
恋人?
それとも、ただの「最初に見つけた男」?

シーツが揺れた音に、顔を上げる。

咲良が、うっすら目を開けてこちらを見ていた。

「……眠れないの?」

「うん、少しだけね」

「……描けてる?」

「まだ、もう少し」

咲良は、そっと微笑んで、また目を閉じた。

その穏やかさに救われながらも、
レオンは胸の奥で疼く不安に、ひとり背を向けた。
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