天才画家に描かれて、毎晩とろけそうです ―スイートルームで始まる、芸術と恋の独占契約
夜のアトリエに、時計の音だけが響いていた。
レオンは窓際に座り、描きかけのキャンバスに向かっていた。
でも、筆はもう何分も止まったままだった。
後ろで食器を片づける音がする。
咲良が、静かにテーブルを拭いている気配だけが、空気をかすかに動かしていた。
──あの夜以来、ふたりの間に流れる沈黙は、長くて、重たかった。
咲良はもう、レオンに余計なことを言わなくなった。
まるで、自分の存在をできるだけ小さくして、そばにいるようにしている。
でもそれが、レオンには痛かった。
(何をしても、君の背中ばかり見ている気がする)
ようやく絞り出すようにして、咲良が口を開いた。
「……ねえ、レオン」
「なに?」
「そろそろ……帰る準備、したほうがいいかな」
レオンは、手にしていた筆をゆっくりと置いた。
「ビザ、あと一週間でしょ。
フライトも探しておかないと、ぎりぎりになるから……」
咲良は淡々と話していた。
でも、その声の端に、ふるえるものがあった。
レオンは、それを止めることができなかった。
止めたいと思った。
けれど──何と言えばいいのかわからなかった。
「……うん。わかった」
その言葉を選んだ自分自身に、レオンはひどく傷ついた。
咲良はそれ以上なにも言わず、黙って皿を重ねていった。
テーブルクロスの端が揺れ、レオンの視界がぼやけた。
(こんなふうに終わるなんて、思ってなかったのに)
でも、いまはもう何も描けない。
咲良を引き止める言葉さえ、作品のように作り物に思えてしまって。
愛しているのに、彼女の手を、もう握ることができなかった。
レオンは窓際に座り、描きかけのキャンバスに向かっていた。
でも、筆はもう何分も止まったままだった。
後ろで食器を片づける音がする。
咲良が、静かにテーブルを拭いている気配だけが、空気をかすかに動かしていた。
──あの夜以来、ふたりの間に流れる沈黙は、長くて、重たかった。
咲良はもう、レオンに余計なことを言わなくなった。
まるで、自分の存在をできるだけ小さくして、そばにいるようにしている。
でもそれが、レオンには痛かった。
(何をしても、君の背中ばかり見ている気がする)
ようやく絞り出すようにして、咲良が口を開いた。
「……ねえ、レオン」
「なに?」
「そろそろ……帰る準備、したほうがいいかな」
レオンは、手にしていた筆をゆっくりと置いた。
「ビザ、あと一週間でしょ。
フライトも探しておかないと、ぎりぎりになるから……」
咲良は淡々と話していた。
でも、その声の端に、ふるえるものがあった。
レオンは、それを止めることができなかった。
止めたいと思った。
けれど──何と言えばいいのかわからなかった。
「……うん。わかった」
その言葉を選んだ自分自身に、レオンはひどく傷ついた。
咲良はそれ以上なにも言わず、黙って皿を重ねていった。
テーブルクロスの端が揺れ、レオンの視界がぼやけた。
(こんなふうに終わるなんて、思ってなかったのに)
でも、いまはもう何も描けない。
咲良を引き止める言葉さえ、作品のように作り物に思えてしまって。
愛しているのに、彼女の手を、もう握ることができなかった。