天才画家に描かれて、毎晩とろけそうです ―スイートルームで始まる、芸術と恋の独占契約
ミットを構える咲良の腕に、少年の突きがまっすぐ入った。
「いいね、今の正面!」
「押忍っ!」
子どもたちの明るい声が道場に響く。
床板に汗が落ち、風が抜ける。
長年しみ込んだ畳の匂いが、どこか懐かしい。
──ただ、もとに戻っただけ。
白帯の子どもたちを相手に、号令をかけ、受け身を見守り、
転んだ子に手を差し伸べる。
何も変わらない。
ここは、いつも通りの「朝比奈道場」。
でも、咲良の中には、ずっと消えない違和感があった。
*
「咲良」
稽古後、父が声をかけてきた。
寡黙な人だけれど、娘の変化にはすぐに気づく。
「……どうしたんだ。顔が、晴れてない」
「ううん、なんでもない。平気だよ」
そう言って、柔らかく笑ったつもりだった。
けれど、父はなおもじっと咲良を見ていた。
視線に耐えきれず、咲良は軽く頭を下げて道場を出た。
*
靴を履いて帰ろうとしたとき、ひとりの男の子が近寄ってきた。
「咲良せんせい」
「ん?どうした?」
「……せんせい、わすれものしたの?」
咲良は少し驚いた顔をした。
「え?してないよ。なんで?」
少年は、ちょっと恥ずかしそうに首をかしげる。
「なんか……ずっと、なにかさがしてるみたいだったから」
その一言が、胸に刺さった。
(探してる……?)
「……そう、見えた?」
「うん」
少年はそれだけ言って、駆けていった。
咲良はその場に立ち尽くす。
探してるつもりなんてなかった。
でも、確かに──スマホを手にしている時間が増えていた。
連絡が来るはずもないのに、
レオンの名前が光る画面を、何度も、何度も待っていた。
(わすれもの……)
(大事なもの……)
(……レオン)
それは、忘れようとしていた名前だった。
でも、忘れられなかった。
どんなに現実に戻っても、日常に戻っても、
彼の声も、手も、まなざしも、胸の奥で生きていた。
気づいたときには、涙がぼろぼろとこぼれていた。
止まらなかった。
声も出せなかった。
そのとき、背中に静かな声が落ちた。
「もう……休め」
榊原隼人だった。
厳しくて、いつも冷静で、
でも誰より咲良のことを見ている人だった。
咲良は、ただ頷いた。
泣きながら、頷いた。
「いいね、今の正面!」
「押忍っ!」
子どもたちの明るい声が道場に響く。
床板に汗が落ち、風が抜ける。
長年しみ込んだ畳の匂いが、どこか懐かしい。
──ただ、もとに戻っただけ。
白帯の子どもたちを相手に、号令をかけ、受け身を見守り、
転んだ子に手を差し伸べる。
何も変わらない。
ここは、いつも通りの「朝比奈道場」。
でも、咲良の中には、ずっと消えない違和感があった。
*
「咲良」
稽古後、父が声をかけてきた。
寡黙な人だけれど、娘の変化にはすぐに気づく。
「……どうしたんだ。顔が、晴れてない」
「ううん、なんでもない。平気だよ」
そう言って、柔らかく笑ったつもりだった。
けれど、父はなおもじっと咲良を見ていた。
視線に耐えきれず、咲良は軽く頭を下げて道場を出た。
*
靴を履いて帰ろうとしたとき、ひとりの男の子が近寄ってきた。
「咲良せんせい」
「ん?どうした?」
「……せんせい、わすれものしたの?」
咲良は少し驚いた顔をした。
「え?してないよ。なんで?」
少年は、ちょっと恥ずかしそうに首をかしげる。
「なんか……ずっと、なにかさがしてるみたいだったから」
その一言が、胸に刺さった。
(探してる……?)
「……そう、見えた?」
「うん」
少年はそれだけ言って、駆けていった。
咲良はその場に立ち尽くす。
探してるつもりなんてなかった。
でも、確かに──スマホを手にしている時間が増えていた。
連絡が来るはずもないのに、
レオンの名前が光る画面を、何度も、何度も待っていた。
(わすれもの……)
(大事なもの……)
(……レオン)
それは、忘れようとしていた名前だった。
でも、忘れられなかった。
どんなに現実に戻っても、日常に戻っても、
彼の声も、手も、まなざしも、胸の奥で生きていた。
気づいたときには、涙がぼろぼろとこぼれていた。
止まらなかった。
声も出せなかった。
そのとき、背中に静かな声が落ちた。
「もう……休め」
榊原隼人だった。
厳しくて、いつも冷静で、
でも誰より咲良のことを見ている人だった。
咲良は、ただ頷いた。
泣きながら、頷いた。