天才画家に描かれて、毎晩とろけそうです ―スイートルームで始まる、芸術と恋の独占契約
道場を出たあと、咲良は人気の少ない川沿いの道を歩いていた。
冬の空気が肌に冷たく、スマホを持つ手がかじかむ。

何気なく開いたニュースアプリに、ひときわ目を引く見出しが並んでいた。

──《覆面アーティストL、ついに素顔を公開》
──《天才の正体は“レオン・S・モントレー”――幼少期から神童と呼ばれた軌跡》

心臓がひとつ跳ねた。

(……レオン?)

慌てて記事を開くと、そこには知っている名前と、
知らなかった彼の過去が、赤裸々に綴られていた。

「……どうして?」

呟いた声が、冷えた空気に吸い込まれていく。

スクロールした指先の先に、彼の写真が載っていた。

ひとつは、最近の記者会見のもの。
もうひとつは──まだ小さな子どもだったころの、絵を抱える写真だった。

柔らかな巻き毛。きらきらと光る絵の具の中で、
笑っているはずのその目は、どこか空っぽだった。

(なんで……)

(なんで今まで、覆面だったの?)

(……わたし、なにも知らなかった)

急に、足元がふらついたような気がした。

レオンが有名人だということも、
彼の絵が高額で取引されていることも、
子ども時代に「神童」と呼ばれた存在だったことも──

咲良は、なにひとつ知らなかった。

(わたし、好きになったくせに、なにも知ろうとしなかった)

気がつくと、図書館のガラス扉を押していた。

目的も言葉もなく、ただまっすぐに資料コーナーへと足を運び、
「レオン・モントレー」と書かれた画集を手に取る。

ぱら、ぱらとページをめくるたび、
色と線の奥に宿る、どうしようもない孤独が胸を締めつけた。

咲良の視界がにじんだ。

ページの中のレオンは、どの絵の中でも誰とも目を合わせていなかった。

(……知らなかった)

あんなに近くにいたのに。
すぐ隣で、何度も描かれたのに。

(私は、あの人の心の中に踏み込むことを、
 一度も、しなかったんだ)

ふるえる指先で、ページをそっと閉じる。

咲良は俯いたまま、声にならない息を吸った。
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