天才画家に描かれて、毎晩とろけそうです ―スイートルームで始まる、芸術と恋の独占契約
「……レオン」

咲良が名前を呼んだ瞬間、
その声だけで、レオンの瞳がほどけた。

「会いたかった」

レオンが発した、たったひと言。
だけど、それ以上のどんな言葉より、深くまっすぐだった。

言い訳も、説明も、もう何もいらなかった。

咲良がほんの一歩、前に出た。
それだけで、レオンは静かに腕を広げて──

そして、ためらいなく咲良を抱きしめた。

肩をすっぽり包みこむように。
頬に髪が触れるくらいの、近くて、優しい距離で。

ぎゅっと強く抱きしめるわけじゃない。
でも、決して離れないと伝わる抱きしめ方だった。

咲良は少しだけ驚いたように、目を瞬かせた。
けれど、すぐにそっとレオンの胸元に顔をうずめた。

彼の胸に、心臓の音が響いていた。

しん、しん、と、咲良の耳の奥に届く鼓動。
それが、言葉よりも先に「好きだ」と伝えてくる。

レオンの手が、咲良の背をゆっくり撫でた。

その一度一度に、いままでの不安や寂しさが、
まるで雪のように溶けていく気がした。

咲良は、ふわりと目を閉じる。

この腕の中に、帰ってこられた──
その実感が、胸の奥をじんわりと満たしていった。

「……なんで、こんなにあたたかいの」

「君に触れてもいいって、ようやく思えたから」

レオンの声は、くすぐるように優しかった。

「ずっと、描くことでしか君に触れられなかった。
 でも今は、ちゃんと腕で、心で、抱きしめたいって思えるんだ」

咲良は顔を上げた。

その目に映る彼の横顔が、懐かしくて、切なくて。
でもなにより、こんなにも近くにあることが、うれしくてしかたなかった。

「……ほんとに、来てくれたんだね」

「うん。君に、もう一度『咲良』って呼びたくて」

レオンは微笑むと、咲良の頬にそっとキスをした。

そのくちびるは、絵筆よりもやさしく、
色彩よりも鮮やかだった。

「こっちは、寒かった?」

「……レオンのいない冬、すっごく寒かったよ」

「じゃあ、春まで、ずっとあっためるね」

「ううん……春になっても、ずっとあっためて」

「うん、ずっと。君が『もういい』っていうまで」

咲良は首を振った。

「『もういい』なんて、言うわけないよ」

ふたりの間に、風がそっと吹いた。
髪が混ざり、影がひとつになって、
誰にも割り込めない静けさがふたりを包んでいた。
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