天才画家に描かれて、毎晩とろけそうです ―スイートルームで始まる、芸術と恋の独占契約
咲良とレオンは、並んで歩いていた。

小さな住宅街の坂道。
日が傾きかけた夕暮れが、ふたりの影を静かに引きのばしていた。

何も話さなくても、手と手が触れているだけで、心が満たされていく。

咲良は、レオンの横顔をちらりと見た。

「ねえ、あの虹の絵……」

「うん」

「……わたしの後ろ姿、描いてくれたんだよね?」

「気づいた?」

「うん、すぐに。すごく、そっくりだったから」

「本当は、もっと前から描きたかった。でも、僕にはそんな資格ないって……ずっと迷ってた」

咲良は足を止めた。
レオンも立ち止まる。

「資格なんて、要らないよ。
 あのときだって、描いてくれたことが、どれだけうれしかったか……レオンには、きっとわかってない」

そう言って、咲良の目にふわりと涙がにじんだ。

「わたし……何度も忘れようとしたんだよ。
 日本に戻って、前に進もうって、がんばったつもりだったのに。でも、ずっと、レオンのこと待ってたの」

レオンは、彼女の頬にそっと手を添えた。

「ごめんね、遅くなった」

そのまま、指先で涙を拭った。

「でも、もう帰らない。今度こそ、君の隣にいるよ」

咲良の頬が、涙で赤くなっていた。

「……わたし、強くないから。すぐに不安になるし、すぐ泣くし」

「知ってるよ」

レオンは微笑んだ。

「君は、世界でいちばん強くて、世界でいちばん繊細な人。
 だから、守りたいって思ったんだ」

咲良は、くすりと笑った。

「レオン、ずるい。そういうとこ、すごく甘い」

「君が欲しかったのは、きっと“絵”じゃなくて、“言葉”だったよね」

「ううん、どっちも欲しかった」

「じゃあ、これからは、絵と、言葉と、手も、全部使って君を愛すよ」

「……うん」

重ねた手を、ぎゅっと握りしめた。

そのあたたかさに、ふたりの影が、また少しだけ近づいた。

──まだ、道は続いている。

その先に何があるかは、まだ誰にもわからない。

でも、もうひとりじゃない。

もう、すれ違わない。

ふたりで歩いていけるなら、それでいい。
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