天才画家に描かれて、毎晩とろけそうです ―スイートルームで始まる、芸術と恋の独占契約
代官山の街は、ゆったりとした空気に包まれていた。

カフェのテラスには若者たちの笑い声。
路地裏には、洋服やアートギャラリーを覗く観光客。

咲良は、レオンと手をつないで歩いていた。

マンションから少し歩いた先の、お気に入りのパン屋さん。
彼の左手には、くしゃっと丸めた紙袋があり、
焼きたてのクロワッサンの匂いがあたりに広がっていた。

「この道、雰囲気がいいね」

「うん、絵にしたい風景ばかり」

ふたりは肩を寄せ合い、穏やかな時間を歩いていた。

──そのときだった。

「えっ、あの人……レオンじゃない?」

「うそ、本物?やば……めっちゃイケメン」

「ちょっと、声かけてみようよ!」

数人の若い女性たちが、こちらに近づいてきた。

咲良の手から、すっとレオンの手が離れる。

「レオンさんですよね?サイン……いいですか?」

「すごくファンなんです!作品、全部見てます!」

レオンは少し戸惑いながらも、にこやかに応じた。

「ありがとう。そんなふうに言ってもらえるの、うれしいよ」

彼女たちはスマホを出し、レオンの横に並んで記念撮影をはじめた。

咲良は、少し離れたところで立ち尽くしていた。

(……わたし、何してるんだろ)

彼女たちが悪いわけじゃない。
レオンの人気があるのも、当然のこと。

それでも──

(なんで、こんなに胸がざわつくの?)

笑顔で愛を語り、何度もキスをして、
信じあっていると思っていたのに。

今、自分がどこに立っているのか、わからなくなった。

女性たちが満足そうに去っていく。

レオンが咲良のもとへ戻り、紙袋を差し出した。

「お待たせ。冷めちゃったかな」

「ううん……まだ、あったかい」

咲良は、手を伸ばしてクロワッサンを受け取った。

でも、指先に触れたのは、あたたかさではなく、
自分の中に芽生えた「よくわからない感情」だった。

(……嫉妬?)

そんな子どもみたいな気持ち、
もう感じることなんてないと思っていたのに。
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