天才画家に描かれて、毎晩とろけそうです ―スイートルームで始まる、芸術と恋の独占契約
夜。
代官山の高層階から見下ろす街の灯りは、どこか遠くて静かだった。

咲良はソファに座り、クロワッサンの袋をくしゃっと丸めてテーブルに置いた。

レオンはダイニングでお茶を淹れていた。
鼻先に漂うハーブの香りが、やさしくて、少しだけ胸にしみた。

「咲良、今日は……ごめんね。急にファンの子たちが来て」

「ううん。レオンは、なにも悪くないよ」

咲良はそう言って、笑ってみせた。
でも、その笑顔は自分でもわかるくらい、ぎこちなかった。

レオンはカップを置き、咲良の隣に座った。

そして、そっと腕をまわして引き寄せる。

「ねえ、僕が愛しているのは、咲良だけだよ」

「……わかってる」

咲良は小さく、肩を揺らした。

「わかってるよ、ちゃんと……」

でも、その声は細くて、どこか頼りなかった。

「でも……わたし、今日、レオンの手が離れたとき、すごく寂しかった」

レオンは何も言わず、咲良の背中をさすった。

「わたし、自分がこんなことでモヤモヤするなんて、思ってなかったのに。
 信じてるつもりだったのに……自分でもびっくりするくらい、情けなかった」

咲良の言葉は、自分自身に向けられていた。

「レオンに会う前のわたしなら、こんなふうに悩むこと、なかったのに……。
 なのに、なんで、こんなに苦しいんだろう」

レオンは、咲良の髪にそっと頬を寄せた。

「僕が原因で、君が自分を嫌いになったりするの、つらいよ」

咲良は、その言葉に目を伏せた。

「……ごめん。ひとりで、ぐるぐるしてるだけだから。ちょっと、時間がほしいの」

その声に、レオンは静かに頷いた。

「わかった。何も急がない。君の心が落ち着くまで、待ってるよ」

咲良はレオンの腕の中からそっと抜け出し、ベッドルームの扉を開けた。

「……おやすみ」

その背中を、レオンは引き止めなかった。

ただ、目を閉じて、彼女がいなくなった空気の重さだけを静かに受けとめた。
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