天才画家に描かれて、毎晩とろけそうです ―スイートルームで始まる、芸術と恋の独占契約

第9話 レオン・S・モントレー 個展開催

日比谷線の車内、咲良は吊り広告を見上げて、思わず息をのんだ。

「レオン・S・モントレー 個展 ― 色彩の肖像 ―」

華やかなポスターの中心には、真っ直ぐな眼差しのレオンがいた。あのやわらかな金色の巻き毛、まるで光をまとうような気配。

背景に描かれているのは、あの日の「虹」だった。

(ほんとうに、やるんだ……六本木で、レオンの個展)

開催は来週。場所は、東京の中心にある現代美術館。美術館の公式サイトには、特別企画としてテレビ局との連動番組や駅広告とのコラボなど、大規模なプロモーションが打ち出されている。

すごいな、と咲良は思った。 静かな感嘆と同時に、胸の奥が、すうっと冷えるような感覚もあった。



自宅に戻ると、レオンはアトリエスペースにこもっていた。代官山のマンションのリビングの一角を、彼は制作の場にしている。キャンバスが並び、絵具の匂いがわずかに漂っていた。

「おかえり、咲良」

声はしたが、振り返ることはなかった。 彼はイーゼルの前に立ち、筆を止めることなくキャンバスに向かっていた。

「うん、ただいま」

咲良はそっと靴を脱ぎ、キッチンに入ってポットに水を入れた。カップを2つ用意する手は、少しだけ寂しさを滲ませていた。

最近、こういう日が多い。

レオンは忙しい。初の日本での個展、それも六本木の現代美術館。準備がどれだけ大変か、咲良にだってわかる。

わかるけれど──。

「咲良せんせい、だいじょうぶ?」

昨日、道場の子どもが言った言葉が、まだ胸に残っていた。 何気ない問いだったのに、まっすぐに刺さった。

大丈夫だよ。咲良は笑って返したけれど、自分自身の笑顔が少しぎこちなかったことも、よく覚えている。

(私は、なにがしたいんだろう)

自分でもわからなくなる。応援したいのに、不安になる。好きなのに、寂しいと思ってしまう。

(わたしって……欲張りなのかな)

ティーカップから湯気が立ちのぼる。 咲良はレオンのカップをそっとアトリエの棚に置いた。彼の目は、筆の先を見つめたまま動かない。

声をかけることなく、咲良はそっと寝室へ向かった。
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