【番外編】過保護な医者に、今度は未来まで守られてます
ドアを開けた瞬間、漂ってきたのは、かすかに香る出汁のにおいだった。

「おかえり」

リビングから顔を出した大雅が、キッチンのエプロン姿で微笑む。
その穏やかな声に、雪乃は胸の奥がじんわりとあたたかくなるのを感じた。

「……ただいま」

靴を脱ぐ手が少しだけ震えていたのに、自分でも気づいていた。
でも、彼の「おかえり」がすべてをほどいてくれる気がして――
雪乃はそっと息をつきながら、鞄を玄関の隅に置いた。

「どうだった?」

そう尋ねながら、大雅は雪乃の手を取った。
無理に聞こうとはせず、でも、すべてを受け止める準備があるというように。
そのやさしい手のひらの温度に、雪乃はようやく、胸の奥にあった緊張をゆるめる。

「……話してきたよ。ちゃんと、自分の言葉で。怖かったけど……やってよかったって、今は思える」

「そうか……よく頑張ったな」

彼の手が雪乃の髪に触れ、そっと撫でる。
ただそれだけで、心がじんわりほどけていく。

「なんか、お腹すいたかも」

ぽつんと漏らすと、大雅がふっと笑った。

「よかった。ちゃんと食べられそうだな。味見、してくれる?」

「するする。……あ、でも、優しい味にしてね。今日の私は、ちょっと繊細なので」

「……はいはい、お姫様扱いね」

わざとらしく言いながらも、大雅の目はいつもより少しだけ真剣で。
彼なりに、心配していたのだとわかる。

キッチンの明かりの下で、二人並んで立つその光景は、どこにでもあるようで、どこにもなかった時間だった。
雪乃はふと、大雅の横顔を見上げて、心の中で呟いた。

(帰る場所があるって、こういうことなんだな)

ほんの少しだけ、目の奥が熱くなったけれど。
それもまた、生きている証だと思えた。
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