【番外編】過保護な医者に、今度は未来まで守られてます
警察署を出た瞬間、雪乃は思わず空を見上げた。

乾いた風が頬を撫でる。

夏の名残を少しだけ残しながら、秋の気配が混じり始めた空気だった。

深く吸い込んだ空気には、ほんのり金木犀の香りが混ざっていて――
それだけで、少しだけ胸の奥がやわらかくなった。

「……ふぅ」

自然と吐き出した息は、思った以上に長く、重かった。
体の奥に張りついていた何かをようやく吐き出せたような、そんな感覚。

(終わった、んだ……ちゃんと、自分の言葉で話せた)

足元に影を落とすビルの窓には、外の景色がうっすらと映っている。

そこに映る自分の姿が、ほんの少しだけ――昨日よりまっすぐ立っている気がした。

かつて父に襲われたアパートは、退院した後すぐに解約した。

自分で業者を探して、荷物をまとめて、清掃も手配して。

もう、二度と戻ることはない。

そのはずなのに、まだ心のどこかで「終わった」と言い切る勇気がなかった。

でも今、やっと――少しだけ、それを信じてもいい気がしていた。

ポケットの中のスマートフォンが、静かに震える。
画面には、「神崎大雅」の名前。

雪乃は、ふっと笑みをこぼしてから、そっと画面に指を滑らせた。

「……今、終わったよ。うん、大丈夫。ちょっとだけ、風に当たってから帰るね」

電話越しの彼の声は、相変わらず静かであたたかい。
それを聞くだけで、今日の自分を褒めてあげたくなる。

街路樹の葉が、風に揺れて小さく音を立てていた。
季節が、確かに変わり始めている――そんな一日だった。
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