【番外編】過保護な医者に、今度は未来まで守られてます
トレッドミルの時間が終わり、雪乃はバスタオルで首筋の汗をぬぐいながら、椅子に腰を下ろす。

ペットボトルのキャップを開けて、ひと口。
冷たい水が喉を潤した瞬間、ふうっと深く息が漏れた。

「……思ってたより、ずっとハードです」
「そうですよね。みなさん最初はそうおっしゃいます」
小泉がにこっと笑いながら、自分もストレッチマットに腰を下ろす。

「でも雪乃さん、ちゃんと自分の体と向き合えてる。私はそれが一番大事だと思ってます」

「……向き合えてる、かな。逃げたくなる日もあるのに」

「それでも来てるじゃないですか。ちゃんと今日ここに来て、トレッドミル乗って、汗かいて。
ほら、そういう一歩一歩が、いちばん強いんですよ」

やわらかく、でも確信をもって語る小泉の声に、雪乃はそっと目を伏せる。

「……強い、かぁ。あんまり自分のこと、そんなふうに思ったことないかも」

「それでいいと思いますよ。自分で“強い”って言える人ほど、意外と脆かったりするし」
「それ、どこかで聞いたことある……誰だったかな……」

「ふふ、神崎先生あたりが言ってそうじゃないですか?」

雪乃は思わず笑い、それからふと、口元を押さえる。
笑うって、こんなに自然なことだったんだ――そんな気持ちがふわりと胸に浮かぶ。

「……小泉さんって、ほんとに、なんでも見透かしてくる」
「女の勘ですよ。あとは、経験かな。泣いて、怒って、立ち止まって、また歩き出した人をたくさん見てきましたから」

そう言って、柔らかく目を細める小泉に、雪乃は少し照れくさそうに笑い返した。

「……じゃあ私も、いつか“また歩き出せた人”になれるように、がんばります」
「その調子です。少しずつ、一緒に進みましょうね」

ふたりのあいだに流れる空気は、静かであたたかくて。
リハビリ室の賑やかなBGMの中に、小さな安心がそっと芽を出していた。
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