【番外編】過保護な医者に、今度は未来まで守られてます
警察署の中は、どこか独特な静けさがあった。
外の光は窓越しに入り込んでいたが、それでも空気はやや重く感じられる。

「こちらへどうぞ」
応対した女性職員に案内されて、小さな面談室に通される。
中には、スーツ姿の刑事が一人。
穏やかな雰囲気ではあるが、無駄な言葉は使わない印象だ。

「大原さんですね。今日はご足労ありがとうございます。ご自身のお部屋で起きた件について、当時の状況を確認させてください」

「……はい」
短く答える。
けれど、椅子に座った瞬間、ふいに――息が詰まった。

(……この空気、懐かしい感覚。いや、違う。これは――あのときの、恐怖だ)

心臓がわずかに早まる。
警察官の問いかけは淡々としているのに、記憶が呼び起こされるたび、胸の奥が冷たくなる。

「お父様と接触した際の状況、まずは覚えている範囲で教えていただけますか?」

「……はい。入院中に一時外出の許可をもらって、自宅に戻った時……そこに父がいました。驚きました。まさか私の家に転がり込んでるなんて……思ってなかったから」

声が、思ったよりも震えていた。

(ダメだ、落ち着いて……もう終わったことなのに)

指先が机の下でこわばる。
話すたび、あのときの映像が断片的によみがえる。
扉を開けた瞬間の父の顔。

強く腕を掴まれた感触。
声を荒らげていたこと。
息が詰まったこと。
そして――

「少し、休憩しますか?」

刑事がそう言ってくれた時、雪乃ははっと我に返った。

「……いえ、大丈夫です」
小さく首を振る。

「ここまで来て、話せずに帰ったら……きっと、自分をまた責めちゃうから」

言ってから、思わず苦笑した。

刑事がふと目を細める。

「えらいですね。つらい記憶を振り返るのは、誰にとっても大変なことです。でも、ちゃんとご自身の言葉で話そうとしてくれている。……その勇気は、記録じゃなくて、ちゃんと心に残りますよ」

その言葉に、不意に目頭が熱くなる。
けれど、泣かないと決めていた。
ここでは。

雪乃は背筋を伸ばした。
自分の声で、あの夜を語っていく。
震えても、目を逸らさず。
自分の手で過去と向き合うために。
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