氷壁エリートの夜の顔
* * *

 たった2日前の土曜の夜。古美多で見た結城さんは、まるで別人だった。

 ビールを一杯飲んだだけで、頬がほんのり赤くなり、会社では微動だにしない端正な顔が、ふっとやわらいだ。

 きれいな所作で焼き魚を食べながら、「骨の処理が完璧ですね」と感心し、祐介くんとは古典ミステリの密室トリックについて、熱っぽく語り合っていた。

 そして──私が作ったスパイス柿ようかんを一口食べた彼は、「うまっ!」と反射的に声を上げて、すぐに視線を伏せた。

 黙ってクールに味わうつもりだったのに、つい声が漏れてしまったんだろう。そんなふうに見えて、私はちょっとだけにやけてしまい、慌てて後ろを向いた。

「……シナモンと、あとは?」

 照れを無愛想でごまかすように、彼はちょっと声を低くして聞いてきた。
 氷壁モードとリラックスモード、その間でどこに寄ればいいのか揺れているような話し方だった。

 その中途半端な不器用さがなんだか妙にかわいくて、私は思わず口元がゆるみそうになるのを、必死でこらえた。

「クローブとカルダモン。どっちも少しずつね」
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