氷壁エリートの夜の顔
 そう答えたタイミングで、厨房から料理ができたと声がかかった。私はその場を離れて、大皿を運び、そのままドリンクの注文を確認してカウンターに戻る。

 結城さんは、祐介くんを挟んで常連さんたちと何か談笑していた。ほんの少し身を乗り出して、目を細めながら誰かの話に相槌を打っている。

 この人が、社内ではいつも無表情な「氷壁エリート」だなんて、きっと誰も信じないだろう。
 肩の力が抜けていて、人間味があって──なんだか、すごく幸せそうに見えた。
 笑ったときにできる目尻のしわも、話すときの軽やかなトーンも、全部が柔らかくて、優しい。

──こんなふうに、笑う人だったんだな。

 とびきりハンサムで、それでいて温かい。もし社内でこの姿を見せていたら、きっと誰だって惹かれてしまうだろう。

 実際、古美多には女性のお客さんも多くて、その日もいくつかのグループが、彼のことをちらちらと気にしていた。
 ……もちろん、私は気づいていた。

 一瞬、胸の奥に小さなもやもやが湧きかけたけれど、すぐにそれをぎゅっと押し込む。
 そんな気持ちは、私なんかが抱いちゃいけない。
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