氷壁エリートの夜の顔
むしろ、古美多という場所で、彼が唯一、距離を取っている相手がいるとすれば──それは、たぶん私だ。
だって、同じ職場の人間に無防備なオフな姿を見られるのは、きっと抵抗があるはずだから。
……だから私は、ちゃんとわきまえておこう。
そう自分に言い聞かせながら、私は洗い上がったグラスを拭いた。
* * *
その日の午後。社外での打ち合わせを終えて、私は会社へ戻る道を歩いていた。
空にはどんよりとした雲が広がり、ぽつぽつと雨粒が落ち始める。道ゆく人たちは足早になり、傘の花が次々と咲いていく。
私はふと立ち止まり、空を見上げた。
──大丈夫。あの雲の感じなら、雷にはならなさそう。
とはいえ、このまま本降りになりそうな空気だ。会社まではあと少し。走った方がいいかもしれない。
そう考えていたそのとき、視界の端に見慣れた人影が映った。
「……あれ、原田さん?」
古美多の常連の、原田さん夫妻。70代くらいの仲睦まじいご夫婦で、いつもそれぞれの好物を半分こしながら、にこやかにのんびり食事をしている方たちだ。
そのふたりが今、ビニール袋を両手に下げながら、ビルの軒先で雨宿りをしていた。
だって、同じ職場の人間に無防備なオフな姿を見られるのは、きっと抵抗があるはずだから。
……だから私は、ちゃんとわきまえておこう。
そう自分に言い聞かせながら、私は洗い上がったグラスを拭いた。
* * *
その日の午後。社外での打ち合わせを終えて、私は会社へ戻る道を歩いていた。
空にはどんよりとした雲が広がり、ぽつぽつと雨粒が落ち始める。道ゆく人たちは足早になり、傘の花が次々と咲いていく。
私はふと立ち止まり、空を見上げた。
──大丈夫。あの雲の感じなら、雷にはならなさそう。
とはいえ、このまま本降りになりそうな空気だ。会社まではあと少し。走った方がいいかもしれない。
そう考えていたそのとき、視界の端に見慣れた人影が映った。
「……あれ、原田さん?」
古美多の常連の、原田さん夫妻。70代くらいの仲睦まじいご夫婦で、いつもそれぞれの好物を半分こしながら、にこやかにのんびり食事をしている方たちだ。
そのふたりが今、ビニール袋を両手に下げながら、ビルの軒先で雨宿りをしていた。