氷壁エリートの夜の顔
それでも──私の作った柿ようかんを「美味しい」と言って、また来てくれた。それだけで、十分だった。
だからその夜、彼が帰り際に「また、来ます」と小さく言ったとき、私はちょっとだけ、来週の仕込みが楽しみになった。
別に、誰かのためじゃない。常連さんがひとり増えた、ただそれだけのこと。
──うん、それだけのこと。
そう自分に言い聞かせるたびに、胸の奥で小さなざわめきが生まれる。
私はそれに気づかないふりをして、黙々と柿の皮を剥いた。
浮かびそうになる笑みは、唇をきゅっと結んで押し殺す。
まるで、それで全部、なかったことにするかのように。
* * *
木曜の夕方、退勤まであと30分。そんなタイミングで、まさかの事態が起きた。
「咲さん……どうしよう、今日が期限のA社の提出用ファイル、古いバージョンで上書きされてます!」
焦った声で杏奈ちゃんが立ち上がる。モニターを覗き込んだ瞬間、血の気が引いた。
提出用の最新データが、数日前のテスト段階のもので上書きされていたのだ。
「何があったの……?」
だからその夜、彼が帰り際に「また、来ます」と小さく言ったとき、私はちょっとだけ、来週の仕込みが楽しみになった。
別に、誰かのためじゃない。常連さんがひとり増えた、ただそれだけのこと。
──うん、それだけのこと。
そう自分に言い聞かせるたびに、胸の奥で小さなざわめきが生まれる。
私はそれに気づかないふりをして、黙々と柿の皮を剥いた。
浮かびそうになる笑みは、唇をきゅっと結んで押し殺す。
まるで、それで全部、なかったことにするかのように。
* * *
木曜の夕方、退勤まであと30分。そんなタイミングで、まさかの事態が起きた。
「咲さん……どうしよう、今日が期限のA社の提出用ファイル、古いバージョンで上書きされてます!」
焦った声で杏奈ちゃんが立ち上がる。モニターを覗き込んだ瞬間、血の気が引いた。
提出用の最新データが、数日前のテスト段階のもので上書きされていたのだ。
「何があったの……?」