氷壁エリートの夜の顔
「す、すみません。名前の”test”を見落として、流し込んで……そのまま、勢いで上書きしちゃって……」

「バックアップは?」

「……してません……」

 杏奈ちゃんの声が震えている。今にも泣き出しそうだった。

 私は机に両手をつき、深く息を吸い込む。
 このデータは、私が中心になって設計したもの。再構築できるのは──私しかいない。

 時計を見ると、16時半。今から集中すれば、日付が変わる前にはなんとか仕上げられるはずだ。
──だけど、私の問題は、それだけじゃなかった。

 それでも、今は目の前の対処に集中しなければいけない。半分泣きかけている杏奈ちゃんを落ち着かせるため、私はわざと明るく言った。

「大丈夫、今からやれば、今日中に提出って約束は守れるから」

 杏奈ちゃんは縋るように私を見た。「大丈夫」というひと言で、どこかほっとした顔になる。

「ありがとうございます、咲さん。咲さんならなんとかしてくれると思っていました。一生ついていきます!」

 拝むように手を合わせた彼女を見て、胸が少しだけざらついた。
 それでも、そんな自分に気づかれないように、私は小さく息を呑む。
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