氷壁エリートの夜の顔
 彼女に直近のバックアップを探すよう指示して、私は気持ちを整えるためにラウンジへ向かった。

 大丈夫、こういったトラブルは、これまでにも何度かあった。
 精神力も体力も削られるけれど──それでも、なんとかなる。そう思えるだけの経験値は、私にもあった。

 でも、問題はもう一つあった。

 今日は古美多で、お座敷の貸切が入っている。常連の山本さんが、米寿を迎えるおじいちゃんのために予約してくれたお祝いの席だ。

 20人分の仕込みも、段取りも、すべて整っている。だけど──私がシフトに入れないと、スタッフの人数が絶対に足りない。

 誰もいないラウンジの窓辺に立ち、私は顔を覆って深く息を吐いた。

──どう考えても、優先すべきはこのデータだ。古美多に電話をして、事情を話さなければ。
 そう思っただけで、胃のあたりがきゅっと痛くなる。

 ふと、結城さんの顔が頭に浮かんだ。
 オフィスでは氷壁の彼のことだから、きっとこう言うだろう。

──プロジェクトを最優先にすればいい。他は、必要なら切り捨てる。迷いは、最初から排除すべきだ──

「……うん、正論。それが正しい。ちゃんと、わかってる」
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