氷壁エリートの夜の顔
 そうつぶやいて、顔を覆っていた手を下ろした瞬間──

「古美多、間に合わなそうですね」

 背後から低い声がした。振り返らなくても、誰だかわかった。

「大丈夫ですか?」

 さっきまで思い描いていた彼の言葉とは、まったく違っていた。
 私はゆっくり振り返り、オフィス用の笑顔を作って答える。

「……はい。提出の時間を先方に伝えてなかったのが、せめてもの救いです。日付が変わるまでに送れば、期限は守ったことになりますから」

 そんな私を、結城さんはまっすぐに見つめた。そして、静かに口を開く。

「山本さん、今日ですよね。お祝い」

 その一言で、私の作り笑いが止まった。

「バイト、僕が行きます」

「……え?」

「山本さん、おじいちゃんのお祝いをすごく楽しみにしていました。親戚も集まるから、大好きな古美多でお祝いしたいって」

 先週、カウンターで山本さんと笑い合っていた彼の姿が浮かぶ。

「でも……どうして?」

「桜さんが、困った顔をしていたから」

 そして彼は私から目を逸らし、ちょっと頬を掻くような仕草をした。
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