氷壁エリートの夜の顔
「ごめんなさい、彼氏がいるので。……煮物は箸をつけちゃったのでおすそ分けはできませんが、代わりにミカンをどうぞ」

 八木さんみたいなタイプは、きっと手ぶらでは引き下がらない。私はデザートに持ってきたミカンを差し出した。

「ありがとう。でも本音を言えば、君の手作りの煮物の方がよかったな」

「そんなこと言わないでください。このミカンも、丹精込めて育てましたから」

 八木さんは軽やかに笑い、「嘘つきだな、君は」と言った。

「で、桜さんの彼氏ってどんな人? 噂だと、かなり遠距離らしいけど」

「ええ、まあ……時空の狭間で細くつながってる感じです」

 私は冗談めかして答えた。

 礼儀正しい八木さんは、はっきりと口にしない。
 けれど、私がお弁当を毎日欠かさず用意し、外食や飲み会をいつも断っているのを見ていれば、節約していることくらい、きっと気づいているはずだ。

 そのとき、八木さんのスマホがメッセージの通知音を鳴らした。彼はちらりと画面を見て、ポケットに戻す。

「召喚された。また後でね──今夜19時、駅前で」
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