氷壁エリートの夜の顔
「行きたいのはやまやまだけど……明日、うちに泊まりに来るから、料理の下準備とかしなきゃいけないの」

「そっか、明日は例のお泊まりの日か! 咲、先月からめっちゃ楽しみにしてたもんね」

 私は頷いた。明日のことを思い浮かべるだけで、自然と笑顔になる。

「何食べたい?って聞いたら、ほうとうだって。あの麺って、スーパーに売ってるのかな?」

「甲府まで買い出しに行っちゃえば? 本気を見せるなら、本場で調達しなきゃ」

「そんなことしたら、愛が重すぎるってドン引きされるかも」

 そのとき、背後で椅子を引く音がした。振り向くと、結城さんが雑誌をラックに戻している。

「結城さん、私もすぐに戻ります。確認していただきたい資料があって……」

 彼は軽く頷いて、私の横を通り過ぎた。
 そして小さな声で、私にだけ聞こえるように言った。

「……来てくれるなら、旅費はいりませんね」

 驚いて振り返ったけれど、彼の背中はもうガラス戸の向こうに消えていた。

「結城さん、変わったよね」
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