サルビアの育てかた
 ベッドの横で顔を埋めていると──突然、俺の髪に細い指が触れた。
 ハッとしてもう一度ベッドに目を向ける。すると、レイが眠たそうな顔でこちらを見ていたんだ。

「ヒルス、おはよ」
「……レイ。おはよう」
「どうしたの? まだ具合悪いの?」
「あっ、いや。違うよ。なんでもない」

 項垂れていた俺を案じたのだろう、レイは柔らかい表情を浮かべながらも心配そうな口調だった。
 不安にさせてはいけない。俺は満面の笑みで頷いた。

「レイのおかげで熱は下がったよ」
「本当? 元気になった?」
「ああ。ほらこの通り」

 すっと立ち上がり、軽くストレッチをしてみせた。身体を伸ばし、腰を捻り、足を屈伸させる。

「今日はスタジオへ行けそうだ。レイ、ありがとうな」
「よかった。もう、大丈夫だね」

 レイの声は、安心したように明るいトーンに変わった。
 嬉しそうな彼女を前にすると、俺の胸はなぜだか熱くなる。せっかく熱が下がったばかりなのに、ぶり返してしまいそうだ……。
 背中を向けてわざと咳払いをする。

「朝食は俺が用意するよ」
「えっ、いいの?」
「昨日のリゾット、最高に旨かったからな。そのお返しだ」

 レイはソファから起き上がり、ニコニコしながら俺の前に立つんだ。

「それじゃあお願いしまーす!」

 声を弾ませて目を輝かせるレイ。俺はまたもや胸がドキッとしてしまう。

 ちょっと待て。なんなんだ、これは……。彼女の言動がいちいち可愛すぎて、構ってられない。最近の俺はどうしてしまったんだ?

「ねえ、ヒルス」
「うん?」
「もうひとつお願いがあるの!」
「お願い? なんだ、言ってみろ」
「今度のお休みに、どこかへ連れていってほしいな」
「どこかって?」
「それは、お休みの日に言うね!」

 楽しそうに話すレイだったが、ほんの束の間、切なそうな顔になったのは俺の気のせいだろうか。
 しかし深く問いかけたりしない。レイが行きたいところがあるなら、どこへでも連れていってやる。

「分かった。昨日の礼だ。次の休みは空けておくよ」
「やった!」

 レイはすぐさま満面の笑みに戻るんだ。

 朝から逐一、癒される……。

 胸がキュッとしたまま共用キッチンへ赴き、いそいそと調理を始めた。トーストを焼きながら卵とベーコンをフライパンで熱する。豆のサラダなんかも作ったりして、鼻歌交じりで料理を進めた。
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