サルビアの育てかた


 忙しない日々を送っていく中、父がアルツハイマーと診断されて約一年が過ぎた。
 俺は二十三歳になり、ダンスインストラクターの仕事は続けていたが、実家で介護を手伝うのが主な生活になっていた。フラットへ帰ることも今は殆どない。

 父はというと──今日も相変わらず奇想天外な言動を繰り返してくれる。

「財布がない。どこに行ったんだ!」

 ああ、まただ。
 今日も父の捜しものが始まった。一緒に捜してやると気持ちが落ち着くようで、俺は重い腰を上げて手を差し伸べた。

「父さん、手伝うよ」

 本当は鞄の中に財布があるのは分かっている。でもここで俺が見つけてしまうと、父は血相を変えて「お前が隠したのか!」と怒鳴り散らし、面倒なことになるので敢えて知らないふりをする。
 上手いこと鞄の所まで誘導して、父自ら捜し当てればこの騒ぎはあっけなく収まる。

「あっ。あった。ヒルス、鞄に入っていたぞ」
「本当か。よかったな、見つかって」

 父は中身を確認すると、安心したようにまた財布を鞄の中にしまった。
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