サルビアの育てかた
 このとき、ジェイクはふと彼女が幼い頃を思い出した。
 あれは、アメリカへ赴任するのが決まった直後のことだ。
 当時六歳だったレイと「小さな約束」を交わした記憶が甦る──


『ねぇ、おじさん』
『うん? 何だ?』
 
 ジェイクが姉夫婦の家に訪れると、必ずと言っていいほどレイは抱っこをせがんできた。六歳でも身軽だったレイは、抱き上げられるといつも嬉しそうな顔をするのだ。

『あのね、おじさん。レイはね、ジェイクおじさんがだいすきだよ』
『叔父さんもレイのことが大好きだぞ』

 ジェイクは軽々とレイを高く抱き上げる。

『わぁ、たかいたかい! たのしい!』

 キャッキャとはしゃぎながら、レイは両手を広げる。
 彼女がグリマルティ家の娘になってから三年の月日が流れた。この天使のような笑顔に、ジェイク自身も癒されてきた。身近で見守ってきたからこそ、この子には幸せな人生を歩んでほしいと願っている。
 もう一度、レイを抱きしめた。海外へ飛んでしまえばしばらく一緒に遊んでやれなくなる。この可愛らしい笑顔を、直接見ることもできなくなる。
 優しく彼女の背中をさすり、ジェイクはため息を吐いた。

『おじさん』
『うん?』
『どうしたの? かなしいの?』

 レイはつぶらな瞳を向けて、顔をじっと見つめてくるのだ。

『いや、悲しくないよ』
『ほんとうに……? もしかなしかったら、レイがキスしてあげる』
『……へ?』

 うっかり声が裏返ってしまう。
 構わずに、レイは至って真剣な顔で話を続けるのだ。

『あのね、パパとママはいつもキスしてるんだよ。おくちにチューしたあとね、うれしそうにわらうの』

 ジェイクは目を丸くした。
 よく大人のことを見ている。レイはなんて観察力があって鋭いんだ、と妙な関心を抱く。
 思わず咳払いした。

『キスってだいすきなひととするんだよね! パパとママがいつもいってるよ』
『レイ……』

 少々困りながらも、ジェイクは何も否定できずにいる。

『レイはおじさんのことだいすきで、ジェイクおじさんもレイがすきでしょう? だからキスしてあげるね! そうしたらげんきになってわらってくれる?』

 六歳の女の子というのは、こんなにもませた話をするものなのか。甥のヒルスとはまるで違う。
 ヒルスが六歳くらいのときは、ひたすら車に乗りたいとか、ドライブに連れて行ってやれば森で遊びたいとか、そういうのばかりだった。ダンスを始めたらそのことに夢中になったりして、レイのように大人びた話なんて一切口にしなかった。
 女子特有の話に困惑しながらも、ジェイクはレイの頭を優しく撫でる。それから小さく頷いてみせた。

『元気だから、大丈夫だよ。キスは将来結婚したいと思う相手ができたときまで取っておいたらどうだ?』
『レイはおじさんとけっこんするよ!』
『ははは、そうか。それは嬉しいなぁ』
『レイしってるよ。けっこんって、すきなひととするんだよね。パパとママみたいに!』
『そんなことまで知っているのか。大したもんだな。それじゃ、レイが大人になってから叔父さんと結婚するか』
『レイはいますぐしたい!』
『大人になってからじゃないとできないんだよ』
『えー、そうなんだ? それじゃあレイがおとなになるまでまっててね! けっこんしたらおじさんにキスしてあげる』
『ああ、楽しみにしてるよ』
『やくそくね!』
『約束』
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