サルビアの育てかた


「やめて」
「離して」
「近づかないで」
「叩かないで」
「殴らないで」
「痛いよ、痛いよ」
「お願い! お願い! お願い……!」

 深夜に幾度も目を覚まし、私は見えない恐怖と戦っていた。幻影が目の前に現れている気がして、私は発狂するように叫び続ける。

「落ち着いて。誰も君を傷つけたりしない」

 私の全身を強く抱き締めながら、彼は必死に背中を擦ってくれる。
 呼吸が荒くなる中、長い時間彼が抱擁してくれると、次第に私は落ち着きを取り戻すことが出来る。

 疲れた顔でじっとこちらを見つめる彼を前にすると、ありえないほどに胸が締め付けられてしまう。

「ごめんね、明日もスタジオで仕事があるのに全然眠れないよね。一人で寝るからゆっくりして……」
「何言うんだよ。俺のことは気にするな」
「でも」
「絶対にそばにいるから、何も心配しないで」

 彼は私にそっとキスをしてくれる。愛情たっぷりで、安らぎを与えてくれる彼の口づけは、いつだって私に癒やしをくれる。
 その優しさに甘えながら、私は彼の腕の中に身を委ねた。
 ──だけどふとした時、悪魔のあの冷酷な目に監視されているような感覚に陥るの。悪魔が私の前に現れたあの日を境に、私は心の奥底にしまいこんでいた「トラウマ」に再び怯えるようになってしまった。

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