サルビアの育てかた
 話し合いが終わり、次のレッスンの準備をしようと俺は部屋をあとにした。すると、廊下でフレアが腕を組みながら立ち尽くしていた。

 フレアは小さく息を吐きながら、碧い長髪をさっとかき上げる。俺の前に立つなり静かに口を開いた。

「ヒルス」
「フレア、どうした?」
「私にも協力出来ることがあったら何でも言って。これからどうするか話し合ったんでしょう?」
「ああ。とりあえず、なるべくレイを一人にしないよう、みんなで協力することになったよ」

 俺が平然とそう答えると、フレアはなぜだか怪訝な顔つきに変わっていく。大きなため息を吐いて、語尾を強めるんだ。

「ヒルスが常にレイのそばにいてあげないの?」
「可能ならそうしてやりたいけどな。俺もスタジオでの仕事があるし。でもスケジュールを調整してもらって、送迎はちゃんと俺がするから」
「ちょっと、ちょっと待ってよ。レイよりも、仕事が大事なわけ?」
「えっ」
「モラレスさんが来英するのって一年に数ヶ月程度でしょ? その期間が一番忙しいのよね」
「……まあ、そうだけど」
「だったら、その数ヶ月間くらいヒルスがスタジオをお休みにしなさいよ。彼女のそばにずっと付いていてあげなきゃ」
「えっ、でもレッスンの指導は……」
「はあ。もう! だから、こういう時にわたしたちを頼りなさいよ!」

 フレアは声を荒らげていたが、口調だけはとても優しい。

「あなた一人で仕事をしているわけじゃないの。今までだってそうだったでしょう? ヒルスが長期休んでいた時期だって、わたしたちがあなたの分の穴埋めをしてきたわ。散々迷惑を掛けてきたくせに、こういう時には甘えてくれないわけ?」
「それは」
「とにかくレイの身の安全を優先しないと。年に数ヶ月あなたの穴埋めをするくらい何とかなるわ。他のイントラやジャスティン先生には話をしておくから。いつだってわたしたちに頼っていいの……ね?」

 そこまで話すと、フレアの表情はあたたかみのあるものに変わっていった。優しさがとんでもないほど伝わってくるんだ。
< 655 / 847 >

この作品をシェア

pagetop