サルビアの育てかた
「それで、指輪はもう用意したの?」
「いえ、それがまだ。レイを一人にさせたくなくて。いつ買いに行こうか迷っています」
「ああ、なるほどね」

 モラレスは首周りをゴキゴキと音を響かせ、大きく深呼吸をする。

「それなら次の休日に行ってくるといいわよ」
「えっ?」
「あたしがレイちゃんをランチに誘っておくから。その間に、行ってくればいいわ」
「……モラレスさん」

 俺の胸がじんわり熱くなった。どうしてこの人はこんなにも良くしてくれるのだろうか。
 モラレスさんは俺に向かってウインクをしながら言うんだ。

「あたしね、あなたたちに恩返しがしたいのよ」
「恩返し? なんのことですか?」

 笑顔だったモラレスさんは急に真顔になる。でもどこかその表情は柔らかい。落ち着いた口調で語り始めた。

「あなたとレイちゃんと初めて会った日、一緒に踊ったでしょう? あたし、あの時本当はダンスを辞めようか悩んでいたの」
「えっ、そうだったんですか?」

 そんな素振り、全くなかったように思えるが。意外な話に、俺は目を見張る。

「前に話したと思うけど、あたしってこんなんだからさ。ハナからバッシングされててね」
「でも今ではこんなに有名になって、ファンもたくさんいるじゃないですか」
「もちろんそうなんだけどね。アンチもたくさんいるのよ。街を歩いていただけで暴言を吐かれたことが何度もあるわ。それでも負けずに歌い続け、踊ってきたんだけどね……」

 いつも明るいモラレスさんが、寂しそうな顔をしている。
 この人、こんな切ない表情をするのか。
 俺は内心驚いてしまった。
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