暇な治療院

第1章 仕事始め

 免許を取って20年。 施設やら治療院やらで働いてきた高田義男は満を持して治療院を開設した。
何とか二部屋の家を借りることが出来たから必要な物を揃えて、、、。
 四畳半二間の部屋を見回しながらあれこれと考えている。
施術室と居間を共用で使うわけにはいかないから自分の物は必要最小限にする。
 廊下の隅には洗濯機と冷蔵庫が並んでいる。 風呂は無い。
10分ほど歩けば銭湯が有るからそれでいいだろう。
 施術室には大きめの棚も置いた。 ここには鍼やら毛布やら消毒用のアルコールやらが入っている。
ベッドは先輩から貰ったやつ。 新品なんて高くて買えないよ。
 そして取り換え用のシーツも何枚か、、、。
チラシを投げ込んでもいいんだけど作るのにけっこうな金が掛かる。
折り込みなんてやると万単位で金が飛んでいくから友達を頼って口コミを、、、。

 2月と8月は人が動かないから始めるんなら5月か10月がいいね。
暑くも寒くもない時が一番だ。 そう思って5月に開設した。
 始めたからと言って最初から行列が出来るほど人が集まることは無い。 最初は興味を持ってもらうことすら難しい。
ましてや施設から頼まれるなんてまずまず無理。 余程のコネでも有れば別なんだけどなあ。
 それでも何でも9時には白衣を着て施術室で構えてみる。 いつ来ても動けるようにね。
電話だって用意してます。 でもなかなか鳴りません。
 昼近くになってやっと掛かってきました。 出てみると、、、。
「お蕎麦屋さんですか?」だって。 「いえいえ、こちらは治療院です。」
丁寧に話して電話を切ります。 「間違い電話か、、、。」
 何となくしょんぼりして昼食を、、、。
食べ終わってベッドに寝転がってますとチャイムが鳴りました。
(誰だろう?)と思ってドアを開けてみると、、、。
 「おー、やってるか。 心配だから見に来たよ。」って母さんが、、、。
「今日は誰も来てないよ。」 「そうかそうか。 じゃあ私がやってもらおうかな。」
 そう言って母さんがベッドに寝転がりました。 まだ昼休みなんだけど、、、。
でも文句は言ってられない。 遊んでたんじゃ誰も来ないから。
 「母さんも凝ってるなあ。」 「お前が心配ばかりさせるから。」
「それを言うなって。」 「子供の頃からお前は心配ばかりさせてきたんだもんねえ。」
「だからさあ、、、、。」 「分かったらちゃんと揉んでよ。」
 母さんも若い頃からあっちでこっちで揉んでもらってるからうるさいんだわ。
「お前はまだまだだねえ。 これじゃあお客さんなんて来ないよ。」とか平気で言うから焦っちゃう。
 「それにお前、いつになったら結婚するんだ? 相手は居ないのか?」 「居ないことも無いけどなあ。」
「そうやって50も近くなったんだろう? 売れ残りじゃあ心配だよ。」 「だからさあ、、、。」
「早く一人前になって嫁さんを捕まえなさい。 そうじゃないと安心して死ねないわ。」 「そこまで言うか、、、。」
「そこまで言ってもあんたはもてないもんねえ。」 「はっきり言うなあ。」
 「あんたはお父さん似だからね。」 「じゃあ何で親父とくっ付いたのさ?」
「他に居なかったからよ。」 「それだけ?」
「悪い?」 「悪くはないけどさあ、何か有るっしょ?」
「何も無かったなあ。」 「ダメだこりゃ。」
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